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◆Keswick

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2017年6月の旅行記より。
さて、[Dove Cottage]を後ろ髪引かれながら撤収し、我々が向かった先は
湖水地方北部の町、Keswickです。

朝からずーーーーーっと!!天気が悪かったのに・・・。
ここへ来て、すっかり青空が。(゚д゚;)
な、なんなんだーっ!!

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この日はKeswickで食事でもしようかと言っていたのですが、お茶をした
このレストランもそうですが、どこも予約でいっぱい。。。
週末だもんねぇ。
それに何か、イベントがあったみたいです。。。

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結局、Mの希望で[Fish & Chips]を買い、CO-OPでデザートやサラダの
材料も手に入れ宿へ帰りました。

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宿の敷地から雄大な景色を眺める。
なんて、いい天気・・・。

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時刻は夜の7時くらいです。
宿の一家はどこかへ食事に出かけている模様。

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名前が思い出せないけど、スパニエル2匹も寂しそう・・・。

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今夜も手作りの焼き菓子が置いてありました。
やっほぅ。

Mは希望通り、Fish&Chips、私はお腹が今一つ空いていなかったので
Chipsとサラダのみ。

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デザートはマンゴームース。
うまうま、でした。

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Mにもらった、ジェレミー・フィッシャーどんのコースター。
きゃわいい。

| UK_2017 | 00:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆Dove Cottage

2017年6月のイギリス旅行記より。

この日は本当に朝から大変な1日でした。
[Hill Top](NT)⇒[Beatrix Potter Gallery](NT)⇒[Townend](NT)と
回り、最終目的地はここ、[Dove Cottage]です。

  1日に4つも・・・!!(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)

私は1日に1プロパティを常としています。
多くてもせいぜい、1日に2つくらいまで。
それが4か所ですからね~!

狭い場所に点在しているとはいえ・・・。汗

しかし、旅程やら開館日やらの都合でどーしよーもない。

そして、最後に訪れたこの[Dove Cottage]は、これまで何度か訪れる機会が
あったにもかかわらず、その都度都合が合わなかったり時間が間に
合わなかったりでは入れたためしがありませんでした。

   今度こそ・・・!!

その思いは強く、正直次があるかわからない湖水地方(笑)、何が何でも
今回行っておかなくては!!という強い思いで乗り込みました。

時刻は4時10分過ぎ。
この後、Keswickまで戻り、夕食の買い出しをする予定。
なので、どうがんばっても30分くらいしか時間がありません・・・。

ところが、入場はフリーではなく、ガイド制(がーん!)だそうです。。。
我々には時間がない旨、チケットオフィスで訴えると、スタッフのおじさまが
ガイドに途中で私たちを解放するようアサインしてくれました。

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この小さな小さな家にWilliam Wordsworthとその妹Dorothyが
1799年12月20日に入居しました。
その時、ウィリアムは29歳、年子のドロシーは28歳でした。
彼らは1808年5月まで、この家で暮らしました。

2人は5人兄弟の2番目と3番目で、非常に仲が良かったそうです。
母は彼らが7-8歳の頃に亡くなり、地元の貴族の顧問弁護士だった父も
12-13歳の時に亡くなってしまいます。
男の子供たち4人は下宿して学校生活を送り、女児ドロシーだけは
親戚の家へ。

ウィリアムは長じてCambridge大学St.John's Collegeに進学し、1790年に
革命の嵐の吹き荒れるフランスへ渡り、若者特有の熱情で革命支持者と
なります。
やがて民衆の蛮行を目の当たりにし、徐々に革命熱は冷めたそうな。
1792年、フランス女性との間に娘を授かりますが、経済的に立ち行かなく
なり、1人でイギリスへ帰国。(彼らは正式に婚姻しませんでした)

1795年にドロシーとイギリス南部旅行中に、Samuel Taylor Coleridge
出会い、3人は意気投合。
コールリッジはこう書いています。

   "We were three persons, it was but one soul."

やがて、ウィリアムと2人で"Lyrical Ballads"を共同出版します。
その出版直後、反響を見る間もなく1798-1799年頃、兄妹はドイツへ。
コールリッジも別便でドイツへ出かけます。

小さい頃から少しばかり抑鬱傾向にあったウィリアムはこのドイツ旅行で
かなり鬱っぽくなってしまいました・・・。
それでも”The Prelude”という自伝的作品を手掛け出し、1799年12月には
イギリスへ帰国して、二人の生まれ故郷である湖水地方はGrasmere湖
近くにあるHamletにあった、廃業したInnを借りて住むことになります。

このローカルInnは[Dove and Oive]亭と言ったそうです。
本当に小さな小さな建物です。

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日本的に言うと、10畳あるかないかという空間。
Inn時代のメインルームであり、ワーズワース兄妹時代ではここは
[House Place]もしくは[Fire House]、つまり家の中心でした。

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その部屋の横にもう一部屋あり、ここは元々は妹ドロシーの寝室。
1802年にウィリアムが幼馴染のMary Hutchinsonと結婚してからは、ここが
夫婦の寝室になりました。

一角には珍しい家具があります。
これは左右に洗面台が取り付けられていて、木製の衝立をキャビネットから
引っ張り出して水避けにして使います。(左側、参照)
つまり、現代の洗面所の、ダブルシンクと同じ発想ですねー。

ガイドさん、ここでトレーに載った小枝を見せてみんなに聞きます。

「これ、なーんだ?」

すかさず、わたくし手を挙げて、

「歯ブラシ!」

ぴんぽーん。

19世初頭、人々は柳の小枝の先をブラシ状に裂いて、そこにミントと
灰などを混ぜて歯を磨いていたんです・・・。なんて原始的。

ちょっと興味が湧いて、わが日本はどうだったの?!と調べてみたら。
あらまぁ。
あまり、イギリスと違いはなかったみたい。

ところで。
メアリーとウィリアムが結婚する1802年。
この年、ドロシーとウィリアムはフランスへ渡っています。
フランスに残してきた元愛人とその娘に、今後のことについて説明をしに
行ったのでしょう。

その了解を取り付けたからこそ、メアリーとの結婚話が進んだのだと思います。

どういう取り決めかはわかりませんが、ウィリアムは結婚後もフランスの親子を
サポートし続け、娘Carolineが1816年に結婚するに当たっては年額30万円
(<現在の価値で)を以後20年間に渡って送り続けます。
つまり、総額で600万円。
これを多いと見るか少ないと見るかは各人次第ですが、時代的には愛人や
私生児を顧みない男性が多かったわけで、その中ではできることをやった方
ではないでしょうか・・・。←甘い?

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ここは[Kitchen]です。
ヴィクトリア時代の鉄製オーブンとか、木製シンクが入っています。
片隅には石炭置き場。
湖水地方の冬は凍てつく寒さですからね・・・。
一家の生命線ともいえる、大事な場所でした。

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この方が、ワーズワースさんですよー。

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2階からの景色。
二人が住んでいた時代、この窓からはグラスミア湖が見えたそうです。
今はもう、見えません。家が建ちすぎて。

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これは1837年に取得したウィリアムのパスポートです。
昔は冊子ではなくて、書状形式でした。

   身長:  166cm
   年齢:  66歳
   髪色:  灰色
   額:    禿頭
   眉毛:  白
   目の色: 灰色
   鼻形:   中くらい
   顎の形: 丸い
   顔形:  楕円
   顔色:  ふつう

写真のない時代ですからね。
人相はこうして、言葉で表現されたわけです。
これならスパイ活動も容易だったろうし、誰かになり変わるなんて簡単。
のどかな時代だ・・・。

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2階の一室、[Newspaper Room]。
ウィリアムはメアリーとの間に5人も子供をこさえます。その内、4人が
この狭い家で生まれています。
ここは子供部屋ですが、ここには暖炉がありません。
(当初は窓さえなかった)
この寒い地域に暖炉なしでは冬は眠れなかったと思いますので、
夏場だけの部屋だったのかな・・・?

ドロシーは寒さ対策として、新聞紙を壁に貼り巡らします。

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1800年6月25日の新聞。
何回か重ねて貼っているので、新聞の日付にも隔たりがあります。
この古紙の中に、1800年と1802年の、ウィリアムの何かの賞の受賞の
記事もあるそうな。(壁一面新聞紙なので、探すのは大変だと思います)

さて、我々はタイムリミットです。
ここでガイドさんが、庭へ出る扉を開けてくれました。
残念ですが、途中で切り上げるしかないです。。。
まだ雨の降る中、我々は一路、北へ向かいまーす!

| UK_2017 | 19:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆Townend

2017年6月の旅行記より。

さて、我々は朝一で[Hill Top]を。
続いてHowksheadにて[Beatrix Potter Gallery]を見学し、そこから次は
Troutbeckにある[Townend]というプロパティを目指しました。

ものすごくハードな一日の予定です。
実をいうと、この後にもう一つ、見たいプロパティがあるのです!!
なので、正直駆け足気味でした。
1分でも無駄にはできない、とっとと次へ行きたい。

ところが・・・。
ところが~~~っ!!!(;□;)

時ならぬ、マラソン(ジョギング?)大会が湖畔で開催されており、道が
大渋滞!!
次のプロパティへ行くにはWindermere湖北岸のAmblesideというこの町を
抜けなくてはなりません。

抜けた後のルートは細い細い、Narrow roadsが待っているのですが・・・。
ここにも難問が。

大会参加者の駐車スペースが足りず、このNarrow Roadsの入り口にも
駐車する車車車。
狭い道の奥からやってくる車、これからそこへ入ろうとする我々のような車。
にっちもさっちも行かず(退避所にも入れず)、バックもできない無間地獄。

   心臓ばくばく。血圧急上昇。(lll゚ω゚)

Mも固まる。
レンタカーオフィスのお姉さんの、くどいほどの言葉、

     「フルカバーの保険に入らなくて本当にいいのっ?!」

リフレインで脳裏に響く・・・。ああ・・・。
擦りそう・・・。擦ったら・・・。あの時意地を張らずに保険に入っておけば・・・。

あああおおおお、うううう。

嫌な汗をどっとかきながら、なんとかすり抜け、予定よりもずっとずっと時間が
掛かったものの、なんとか到着。
いやだ・・・。
本当に本当にいやだーーーーっ!!(>。<)

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よろよろと車から降りて、どっと疲労した体を引きずりながら屋敷へ。

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眼下に見えるは屋敷に付随する羊毛小屋です。
馬車のまま2階へ乗り入れることができるようにスロープが付いています。

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小雨は止まず。
遠くは靄がかって、これはこれでとても幻想的で美しいです。。。

この[Townend]という屋敷は、400年間、たった一つの家系(The Brownes)が
代々所有して来た田舎家です。
一番古い部分は16世紀終わり、新しい部分は20世紀初頭のもの。

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小さなコテージガーデンもありますが、本日は天気が悪いのでさっと見て終わり。

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母屋に入る手前に、[Dairy/Wash House]があります。

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ひどく原始的な洗濯室です。。。
水道も電気もない時代、家事労働は実に重労働だったでしょう。

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[Kitchen]です。
ここは初期の建物に1623年頃増築されました。

メインの建物より1段下がっています。
これは昔はここで動物を飼っていた可能性があるそうです。
牛とかブタとか。

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今はこのように、19世紀の鉄製のオーブンがインストールされています。

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自在鈎が付いていて、これを伸ばしたり縮ませたりして調理したそうです。

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当時としてはなかなかハイテク(?)なものだったでしょう。
これが入れられる前は、大きなフード付きの暖炉がありました。

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暖炉の煙突天井を下から覗いた図。
肉がぶら下げられているのがわかりますか?
こうして肉の熟成と乾燥、燻製を行ったそうです。

古い時代の暖炉は唯一の暖房器具であり、調理器具であり、家族や
ゲストの過ごす場であり、とにかく家の中心。
しかし、煙突と直だったため、雨や雪が上から降り込んでも来る。
そこで、人々は火の粉や雨雪を避けるために帽子を被ったと言います。。。

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古いレシピを元に再現されたパンやお菓子。

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窓の前に大きな金魚鉢みたいなガラスの器がありますが、これはなんと
照明器具だったそうです。
どう使うかというと、まずはローソクを1本灯します。
これだけではちっとも明るくないので、そのローソクの前に水を並々と入れた
このガラス鉢を置きます。
すると、炎が反映して光量が大きくなるという仕組み。

とにかく夜は真っ暗でしょうからねぇ・・・。
そして、イギリスの冬は暗い時間が半端ありませんから。
こういう生活の知恵を目いっぱい使わないと暮らせなかったのかも。

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ビューターのポット。
ガラスのマグ。
形が可愛い。

さて、動物避けの階段を3段ほど上がって一番古い部分である母屋へ。

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オークの黒々したパネルが重厚さと暗さを表しています。

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あちこちにプリミティブな彫刻が施され、

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オークの大テーブルにはごちそうが並び、

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なんだか、BBCの歴史ドラマのロケでも始まりそうな・・・。

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このまま撮影OKですよね?

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[Library]です。
本は400冊くらいあるそうです。

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17世紀にインストールされた階段を上り、2階へ。

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[The Main Bedroom]。
主寝室です。
この部屋の天井は初期にはなく、屋根組の直下にあったそうです。
そういう事情もあって、古い時代には4 poster bedが使われました。
雪や雨が、屋根のスレートの隙間から落ちて来ても、ベッドに屋根が
付いていれば無事に寝られるというわけです。

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暖炉の前にはこの地方独特の、例のPeg rugが。

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お部屋のスタッフが、この暖炉飾りをよーく見てみて?というので注視。

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おお。
スマイリー?!

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そうそう。
この家のたくさんの古めかしい家具や彫刻には年号が刻まれています。
1626年とか1804年とか。
しかし、実はこれすべてフェイクなんですって。

この家の最後の男性当主、George Brownesは40代で農業を引退した後、
彫刻や家具造りに没頭します。その腕前は玄人はだしだったそう。
(というか、16~18世紀の彫刻って原始的なので素人がマネしやすい)

元から家にあった古い家具にフェイクの年号を彫ったり、自分がイチから
作った家具に古い年号を入れたりとやりたい放題したみたいです。笑

Brownes家は豪農ではあったものの、准貴族であるGentry階級ではなくて
あくまでYeoman(独立自営農民)の一種でした。
従って、社会的階層的にはそんなに高くないので、紋章もありませんし、
肖像画とかお宝的な芸術品などは特にありません。

しかし、誇り高いBrownes家最後の男性として、Georgeは家格をよりよく
見せたかったのかもしれません・・・。
彼には娘が3人、いずれも結婚せず、父親が亡くなった後まで生き延びた
娘はたった一人。
彼女が亡くなると家屋敷は従兄弟の元へ移りますがその彼もすぐに死去。
売りに出され、購入した人もすぐに亡くなり・・・最終的にナショナルトラストの
購入するところとなりました。

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[The Small Bedroom]。

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古いキルトカヴァー。

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パネルで囲まれた小部屋。

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パネルの一角に紋章風の彫刻。
これもGeorgeの彫ったものでしょう。

この部屋の一角に、Georgeの母Lucyの花嫁衣裳がトルソーに掛かって
いますが、その小さいこと細いこと!!
推定145cm、40kgくらいの女性用ドレスなのです。
23歳でLucyはお嫁に来ました。
そして、一人っ子のGeorgeを生む。
思うに、とても度重なる出産には耐えられなかったのでしょう。
(あっ。ご心配なく。Lucyさんは53歳までは生き延びます)

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こちらは召使の翼棟です。
メイドさんの個室。

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ハウスキーパーの部屋。

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・・・その隅に、別のメイドさんのベッド。

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ヒップハングバス。

・・・ここで、Mとどっちの部屋を取るかでもめる。笑
当然二人とも、プライバシーが守られる一人部屋がいい!と。
ハウスキーパーの部屋の隅で寝ていたメイドさんは気の毒すぎる。。。
というか、二人ともどうしてメイド役と決めつけてるのでしょう?苦笑
女主人とか、ハウスキーパーは夢にも思わなかったわー。^^;

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召使用の螺旋階段。

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降りたところに、[Hallan]があります。
Hallanというのは、この地方独特のもので、元々は建物の内と外を
区切るスペースだったそうです。
建物の増改築で、現在はパントリー状態になっていますが。

軽くあっさり見て周れると思ったら、意外とdeepな物件でした。
やれやれ。

さて、お次に行くには閉館時間ぎりぎり。
間に合うか!?
かっ飛ばしていきまっしょい!

| UK_2017 | 19:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆The Beatrix Potter Gallery

2017年6月のイギリス旅行記より。

さて、この日はイベント目白押し。
朝一で[Hill Top]を見学した後は、Hawksheadへ。
ここにはBeatrix Potterの夫、William Heelis弁護士の事務所が
ありました。
そこが現在、彼女の原画を展示するギャラリーになっているのです。

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『パイがふたつあったおはなし』の、リビーちゃん。
かわいい!(^^)

・・・と、写真撮っていたら怒られました。
えっ
その場にいた観光客のほとんどが撮っていたのよ。
ダメならダメって、早く言ってよ~!

小さな建物の、そのまた階上の一角に展示スペースはあり、
膨大なコレクションは入れ替えをしながら飾られているそうです。
何が見られるかは行ったとき次第ですね。

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ミュージアムスペースにこんなものが。

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Beatrixが描いた、イースターエッグだそうです。
味があるわ~!さすが。

| UK_2017 | 00:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆Hill Top(2)

2017年6月のイギリス旅行記より。

さて、本日のメイン・イベント、ナショナルトラストの[Hill Top]の中へと
入ります。

入場制限があるプロパティなので、20分単位で入場時間が割り振られて
います。
私たちは日本人ツアーの団体客と一緒でした・・・。(--;
ピーター・ラビットなんて読んだこともなさそうなおっちゃんおばちゃんの群れ・・・やかましいし。

前回、結婚直後の姉との訪問時(20年前)は邸内の撮影は一切禁止でした。
ほとんど照明器具のない屋敷なので、その薄暗いことといったら
納戸のごとく。
正直、何を見たのかも覚えてないくらい、暗かった。(^^;

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ところが今回、なんと邸内撮影OKに!!
もちろん、フラッシュなしですが。
そういわれているのに、くだんの団体客がフラッシュ焚きまくりでイラっ。
機械に弱い中高年たちなので、うまく設定できないかもしれませんが
不用意すぎです・・・。

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Beatrix Potterは1902年に『ピーターラビットのおはなし』を出版し、
その出版業者の編集者Norman Warneと恋に落ち、親の反対を押し切り
婚約した1ヶ月後に、婚約者Normanが白血病で死んでしまう悲劇に
見舞われました。

その悲しみを振り払うように、彼女はNormanの妹であり、友人でもあった
Millie Warneに手紙を綴ってます。

   「・・・彼(Norman)は長生きはしなかったけれど、
    有益で幸せな人生に満たされていた。
    私も、来るべき新年には何か新しく始めないと。」


その、「何か新しく始めること」がHill Topを買うことであり、そこを自分好みの
家に変えていくことでした。
彼を失った哀しい思い出のあるロンドンを離れ、自然の中で、喪失の痛みを
癒していくことに他ならなかったのではないでしょうか。。。

もう一つ、想像できるのは、元々Normanとの結婚に不賛成であった彼女の
両親が、傷心の娘を傷付ける言動をしたのかも・・・。
彼らの婚約は、「Normanの兄弟にさえ公言してはならない」という条件で
しぶしぶ認められたものだったからです。

わがままで支配的な独善的な親の元で、経済的に自立していない娘が
苦しむ姿は想像に難くありません。

そんなわけで、かねてからの希望もあり、『ピーター』の印税と叔母の
遺産を用いて、彼女はHowksheadからわずか1マイルの小村に家を
求めます。
それは17世紀に建てられた、典型的な湖水地方の農家でした。
当時も今もそこはworking farm(現役の農場)で、彼女の時代には
農夫John Cannon一家が住んでいました。

そこで、彼らのために建物を増築し、新しく建てた部分にCannon一家が住み、
母屋は改築改修してBeatrixが住むことになります。

こちらが[Entrance Hall]です。

NTの職員によると、ここら辺の田舎では[Firehouse]とか[House Place]と
言い、[Entrance Hall]という呼び名自体がロンドンからやってきた、
中流階級出というBeatrixの正体を暴露している言葉遣いだそうな。

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このストーブ、この椅子・・・。
『ひげのサムエルのおはなし』に出てきますね・・・!!
暖炉の前のラグは"Peg rug"といって、リボンや端切れなどを使って
作る、北部地方の伝統的なものだそうです。

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外が土砂降りで、みんな濡れ鼠。
しばし、暖炉の火の前で乾かします。

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カップボードやサイドボードにはブルー&ホワイトの陶器が。

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この椅子もなんだか見覚えがありますし、この短靴は実際にBeatrixが
履いていたものではないでしょうかね?
いかにもヴィクトリア時代の武骨な、カントリーウーマンが履きそうです。

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このお皿もかわいい。

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この壁紙も、Beatrixが選び、張り替えたものだそうです。
ヴィクトリア時代の柄ですねー。
(実際はエドワード朝ですが)
珍しいのは天井にまで壁紙を張り巡らしていること。
通常は壁のみで、天井は白漆喰のままです。

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玄関ドアから階段にかけて、細いCorridor(廊下)があり、そこに置かれた
サイドボードにはBeatrixお気に入りの物品が飾られています。

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これ。
どこからどう見ても、Made in Japanですよねっ?!
しかも、カエル。
草履を履いた、カエル・・・(謎)。

NTのスタッフに尋ねるも「わからない」とのこと。
たぶん、明治の輸出品の一種だと思うのですが・・・。
やっぱり、Beatrixはカエル好きだったのねぇ。
もしかして、この日本の置物が『ジェレミー・フィッシャーどんのおはなし』
に影響を与えてる可能性も否定できませんよねっ?!

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これは、Beatrixの父Rupertの絵を原画に磁器に焼き付けたもの。
お父様も、上手。

さて、廊下の反対側には[Parlour]があります。

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大変小さな部屋で、日本式で言うと8畳くらい??
ここは元々寝室として使わていたものをBeatrixがフォーマルな、
あまり親しくない客をもてなす部屋にしたそうです。
友人や家族は2階の居間で歓待されました。

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基本的には湖水地方の農家なのですが、そこに住んだのがロンドン
育ち、中流階級出身のBeatrixなわけで。
完全に伝統的な農家の暮らしではなく、彼女自身のバックボーンを
垣間見させる部分があります。
こちらの部屋はまさに、ロンドンでの、彼女の暮らしのよすがが出ちゃってます。

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スタッフォドシャーの陶器、グレイハウンドはウサギを口に咥えています。
基本的に彼女は狩猟などには反対ではなかったようですが、otter houndsを
使った狩猟は彼女の地所では禁止していたそうです。

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19世紀にインストールされたというサッシ窓。
これがなかったら、どれほど暗い部屋だったことか!!

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Beatrixはロンドンの親の家や、カントリーハウスに住んだ祖母の遺品、
地元の売り立てで購入したアンティークなどをどんどん仕入れ、自分の
好みの家を作り上げていきます。

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これは日本の漆塗りのチェストです。
珍しい、赤。

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18~19世紀に流行った、シルエットのプロフィール。

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さて、二階へ上がりましょう。
その前に、ここの手前に家事用の小部屋があります。

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夏はいいけど、冬はとても寒そうな家ですね・・・。

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階段を上がったところ。
ここも『ひげのサムエルのおはなし』の一場面で使われています。

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[Sitting Room]。
友人・家族用の居間です。

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美しいスクエアピアノはPotter家ゆかりの品です。

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後に夫となる、William Heelis弁護士はとても音楽好きで、踊りの名手
だったそうです。
もしかしたら、交際時代にここで音楽を楽しんだかもしれませんね。

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2階からは家の真正面に位置する菜園が良く見えます。

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しかし、この狭い家にどうやってヴィクトリア時代の大きな家具
を入れたんでしょうかねぇ・・・。
ばらして?

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[Treasure Room]です。
15~18世紀は、「驚異の小部屋」とかコレクションをガラスケース内に
展示したりするのが流行りました。ここはその亜流。

この部屋は主に、小さなものが好きだったBeatrixのコレクションルームです。

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ちょっと外が曇ると中も真っ暗になるので、光の回復を待って。

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ドールハウスです。

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大変りっぱなジョージアン様式の邸宅。
こちらは『2ひきのわるいねずみのおはなし』の中にも出てきます。

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真ん中のハム、あれは物語のものとまったく同じです!!

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ドールハウスの中を覗いていると、少しいけない気分に・・・。

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覗きをするオヂサンの気持ちになってしまいますね。笑

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この額絵なんて、5cmあるかないかですよ?!

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ドールハウスの屋上はコレクションを展示するスペースになっていて、
赤いスカーフはピーターが首に巻いているアレです。

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こちらはブリキのフィギュアのコレクション。
すぐれたビジネスウーマンでもあったBeatrixは『ピーター』が売れると
玩具業界とのタイアップに励みました。

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ミニチュアのコレクション。

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キッドの手袋、2cmあるかないかです。
もちろん、人形用!

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カーテンの柄も何気に可愛い。

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お次は寝室。
このベッドは地元の古い家具だそうです。

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19世紀の同時代人の例にもれず、Beatrixも針持つ人でした。
アメリカ発祥のキルトは近所に住むアメリカ人女性に習ったそうです。
ベッドの飾り、緑色のダマスクシルクには花の刺繍。

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壁紙はWilliam Morrisの"Daisy"。

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暖炉の炉棚にはスタッフォドシャーの陶器の犬。
鏡の額縁は中国製。

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Beatrixが地元の弁護士、William Heelisと結婚したのは移住後8年後。
1913年のこと。
新婦46歳、新郎42歳の晩婚カップルでしたが、彼らは残りの生涯を幸福に
過ごしました。

結局Beatrixは結婚を機に、Hill TopからCastle Cottageに引っ越します。
この寝室は、結婚後に飾り付けたもので、実際に彼女はここで一晩も
眠っていないそうです。なーんだ☆彡

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さて、最後に20世紀になって建て増しした部分に当たる、[New Room]へ。
20年前、ここは開放されていなかったような・・・?

大きな油絵が4枚飾られていますが、その絵はBeatrixの弟Bertramのもの。
他にも父や母の作品が飾られており、彼女はここを家族の作品展示室に
したみたい。

Beatrixの父Rupertは弁護士資格を持ってはいても、一度も実務に就いた
ことのない、働いたことのない有産階級の人でした。
彼は趣味の絵と写真撮影で日を費やし、母Helenは社交に勤しみました。

弟Bertramはロンドンを嫌い、スコットランドへ渡り、そこで農業をしました。
しかし、彼は深刻なアルコール依存症で、わずか43歳で脳出血で亡くなります。

家守娘のBeatrixはロンドンと湖水を往復して家族の面倒を見、最終的に
母と娘だけが生き残った後は母を湖水地方に呼び寄せ、家を与え、
面倒を見たようです。
心理的に距離のある母娘は、母の93歳での死の日まで分かり合えたとは
思えません。

作家、実業家、環境保護活動家、農家、弁護士の妻、老母の娘。
1人で一手に引き受けていた彼女はどれだけ忙しかったでしょう。
母親の死によって、ホッとしたのはまちがいないところ・・・。

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ライティングデスクには手紙形式で綴られた、ピーターラビットの複製が。

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出版社からのお礼状。
『グロースターの仕たて屋』の原稿が送られた件のようですね。

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この部屋のカップボードの中には花魁を描いた白磁が。
たぶん、これも明治日本の輸出品かな。

2階には他に小部屋があり、Beatrixはそこを暗室にしていたそうです。
父譲りの写真の腕前があったようです。

また、2階には隠し階段があり、Cannon家の人々や会いたくない客などが
やってきた際にはそこを使って逃げ出したのですって。(^^;

Hill Topは、Beatrixの「実物大のドールハウス」でした。
だからこそ、彼女はこの家を間借り人を置かず、自分の集めたものを
そのままに保存するよう、ナショナルトラストに注文を出したのでしょう。

Beatrix Potterという、1人の女性が歩み戦い、生活した足跡と息吹が
この屋敷には残されています。

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| UK_2017 | 00:45 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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