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■Red Wharf Bay

2010/6の旅行記より。

宿のマダムに「シーフードが食べたい。どこか美味しい店は?」と聞いたら
「Anglesay島の東の海岸沿い、Red Wharf Bay辺りにレストランがあるわよ」
との答え。



ふむふむ。
わが相棒、TOMTOMのキヨシ氏に案内を頼む。

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距離は近いけれど、海岸へと下る細い道がよくわからない・・・。
ちょいちょい迷いつつ、Traeth Coch(Red Wharf Bay)に到着。

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天気は相変わらず、悪い。

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でもさほど寒くもないし、曇り空も嫌いじゃないのでこれはこれでOK。

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ところで、わが父方は代々海軍の家。
(父の名前は祖父の海軍時代の艦長の名前ってくらい。どんだけー
DNAに海軍エキスが入っているのか、海辺とか川辺が好きなんです。
海か山かと言われると山派(<あれ?)だけど。
基本的に水辺って大好き。

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船は何よりもまず、姿形が美しいと思うのです。

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水に浮いている姿も、陸に転がってる姿も風情がある。

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ヨット、いいですよねぇ・・・。うっとり
船体を洗ったり水抜きしたりするのはごめんだけど。←ぉぃ

しばし、海を眺めた後、いざ食事場所を決めましょう。

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う~~ん・・・困った!!
手前と奥に2軒の店が。
宿のマダムは「どちら」と言わなかった。「どっち」なの?!

一軒はパブっぽい感じ?
Ship Inn】という店で、1751年創建のお店。

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外から中はまったく見えません。ひと気もない。
玄関脇のメニューで類推するしかない。

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店先には看板代わりにこんな車が。

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形がかわいい。

もう一軒はけっこうにぎわっていて、【Boat House】という店。
こちらはカフェレストラン風。

しばし悩んだ挙句、ここに決めました!
中はすごく混んでいたので、一瞬「当たりか?!」と思いましたが・・・。

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黒板のそばの魚オブジェが海辺っぽい。

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インテリアもマリン調。

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スターターはJapanese prawns。えびふりゃー?
甘辛のチリソースで。

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メインはHalf lobster。まさに半分でバッサリやられてます。
でも食べるところ、少なし。
サラダとチップス付き。
ロブスター用バサミでえいっえいっとカットして食べます。

正直、味は今一歩でした。大味すぎ。茹ですぎ。

食後のコーヒーを飲んでいたら、隣の老人たちが席を立ち上がるのに
四苦八苦していたのでお手伝いしようとしたんですけど、これがまぁ、
難しい!!
介護にはちょっと慣れてる自分ですが、大柄な人の世話はまた別の話
なのねぇ・・・。

結局、ゆーーっくりゆーーっくり時間をかけて、自力でなんとか立ち
あがって帰られました。

この後は岬に回って、灯台を見て帰ります。

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なぜか、カナダを思い出す・・・。

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| UK_2010 | 10:11 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆Plas Newydd Country House and Gardens(2)

さて、【Plas Newydd】の続き。
※Ladies of Llangollenの居宅である同名の【Plas Newydd】とは別物。要注意!

天気はイマイチだけれど、とりあえず雨は落ちてない。
庭へレッツらゴッ!

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屋敷は海峡に面して立っているので、見下ろせば海。

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遠くにはSnowdonの山並み。(手前になんちゃって砲台がありますなー)

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ボート、いいねぇ。
と、そこへすごい騒音を立てて、水上スキーヤーが行ったりきたり。

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        いらっ

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としたりして。
いい歳(推定中高年)してアホか。<スキーヤー
うるさいっちゅうねん。

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庭はこぢんまりと、しかし手入れはしっかりとされています。

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だだっぴろい庭より、こういうサイズのスケール感の方が好きかも。

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噴水。

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睡蓮は雨の日こそ、映えますね。

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オーナメントがちょっと・・・。

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微妙。

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葉の緑が美しい。
このグラデーションとコントラスト。

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     あっ Robbin!!

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あまりに動きが早すぎて、撮影不可能!

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こりはだれかの忘れ物。シュ、シュール!

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さて、ウォールドガーデンを見終わったら、海側の遊歩道へ下ります。
ブリタニア・ブリッジが見えるところまで行って、そこで今度は林へ
迂回して屋敷へ戻ろうっと。(<と思ったのが運の尽き!!)

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時刻はこの時点で、閉館まで30分ほど。
余裕で歩いていたのです、最初は。

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わー羊さんだー とか。鼻歌など歌いながら。

しかし、思うより距離が捗らない。
なかなか進む距離がいかなくて、諦めて、林道へ登り屋敷へ戻ることに
したときはすでに遅かったのです・・・。

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あと10分で閉館。
しかし、どう考えても10分では戻れない場所にいる自分。ドキドキ
しかも雨まで降ってきたので、東屋で雨宿りしたり。

        ・・・ヤヴァイ。

門とか閉められたら?!
どう考えても、職員が林まで探しに来るとは思えない!
駐車場のゲートが閉まったら出られないし?!
それより何より、トイレに行きたいよ~っ!!


   うわーーーーーーーーーーーーっ(パニック)


結果的に、なんとかなりました。。。走ったし。
しかし、背中につめたい汗が流れたのでした。
実際のところ、こういう施設で閉園時間を過ぎたらどうなるんでしょうね??

| UK_2010 | 19:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆Plas Newydd Country House and Gardens

2011/6の旅行記より。

Menai海峡に面した【Plas Newydd Country House and Gardens】へ。



Plas NewyddはAnglesey島と北Walesの間の非常に狭い海峡(川のように
見える部分、海峡です!)に架けられた有名な吊り橋(Menai Suspension Bridge
の近くにあります。
並行して架けられた鉄道用の橋(Britannia Bridge)の方が近いですけどね。↓

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メナイブリッジも通りましたが、あっちは非常に道幅が狭いので、かなり怖いです。
車の運転者には。

さて、屋敷へはこの木立を抜けて向かいます。

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この辺りから、ポツポツと雨が。
箱根の杉並木のように巨木なので、ここではまったく濡れません。
大きいねぇ。歩いている人間と大きさを比べてみてください!!
大木はお金持ちの証ー!(<樹は一朝一夕には育たないもの)

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木立を抜けて、海峡へと緩やかに坂道。(写真は坂の下から見上げて撮ったもの)
その下に、屋敷が聳え立ちます。

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建物は18世紀のもので、Marquess of Anglesey(アングルシー侯爵家)のものです。

なんとなく、NTの【Mottisfont Abby】に似てるなぁ。
後述しますが、この屋敷もモティスフォントも画家のRex Whistlerと関係が深い。
そんなことも関係しているのかなぁ・・・。

さて。
アングルシー侯爵はワーテルローの戦いで名を挙げた第2代Uxbridge伯爵
Henry Pagetの襲爵から始まります。

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思いっきり、Gothicスタイルですね。
Jane Austen の『Northanger Abbey』のヒロイン、ゴシック小説萌え~!
のCathalineが喜びそうな感じ。

とりあえず、天気が悪いし、邸宅内部の見学へ。
(邸宅内部の撮影は禁止)

アングルシー侯爵家歴代の中で、やっぱり面白いのは第5代侯爵、
Henry Paget(同名が多くてややこしい)。
彼に付けられたあだ名は"the dancing marquess"(踊る侯爵)。
※クネクネした踊りを踊ってたらしいです。(参照
 この写真、オスカー・ワイルドかと思ったヨ!もしくはフレディ・マーキュリーか?!

30歳で死んでるんですけど、この人の舞台熱・社交熱のせいで、侯爵家は
莫大な負債をこさえたそうな・・・。

でもね、かわいそうな生い立ちなんですよ!!
母とは2歳で死別。それだけではなく、彼は母と母の愛人(役者)との子供だと
噂されます。
事実、彼は母の愛人のフランス人役者の妹の手により、パリで8歳まで
育成されるのです。これは侯爵家の跡取りとしては実におかなしなこと。

その後、Eton校へ進学、海軍士官になり、1898年に23歳で結婚。
同年、父侯爵(もしかしたら父じゃないかも?)が死去し、タイトルと財産を
相続します。

父という重石が取れたこの男、財産を浪費します。

    まるでばら撒くように。

これって、やっぱり本当は自分の財産じゃないという負い目から?
周囲にはお相伴に与かろうとする輩が集まり、世紀末の馬鹿騒ぎの気運もあり
そりゃもー すごいことに。
今で言う、お騒がせセレブの走り?パ○ス・ヒルトン?

妻はそんな夫を認めず、別れます。
(それにどう見ても、この侯爵はgayでしょう・・・)

踊る侯爵は妻が去った後、よりいっそうの自堕落道へ。
すでにこの頃、彼は屋敷を抵当に入れる羽目に陥っています。

1901年、彼のvalet(貴族などの身の回り一切を見る従者)が時価総額
5万ポンド相当の宝石を盗みます。(現在のレートでも650万円!)
彼の後ろにいたのはフランス人女性で、彼はドーヴァーで捕まったのですが
すでに宝石はフランスへ横流しされ、二度と見つかりませんでした。

従者は結局、5年の禁固刑。
従者って、主人の秘書的存在。もしかしたら寝室のお供もあったかも。
そんな絶対の信頼が必要な人に裏切られるなんて痛いですね・・・。
人間が信じられなくなりそう。

1904年までに、踊る侯爵の負債は54万ポンド(現在レートで7千万円)
にも達し、ついに破産を宣告されました。

そして、1905年、フランスのモンテ・カルロで踊る侯爵は客死します。
傍らには、別れた妻Lillianがいました。←ここ、救い?
侯爵の死を、Bangorの地元の人々は惜しみました。
イギリス人(この場合、ウェールズ人も?)は奇人変人の類が好きですよね・・・。

未亡人Lilianは5年後に銀行家と結婚して、3児を得ます。
アングルシー侯爵のタイトルは、従兄弟に移り、第6代侯爵は「踊る侯爵」
の出版物を差し止めにしたそうな。不名誉だからかのぅ・・・。

続く第6代侯爵の長女、Lady Caroline Pagetは画家のRex Whistlerと
付き合っていたそうです。身分違いの鯉、いえ、恋!!わーっ

屋敷にはウィスラーが描いた、彼女のヌードもあります。(参照

残念ながら、この関係は画家の一人相撲に近いものであったみたい。
お嬢様より画家の愛の方が深かった。

画家はこの屋敷の食堂の壁を飾る仕事に着手します。(1936-7年頃)
それは見事な海の絵です。
写真に撮れないのが残念な感じ。(参照

絵のあちこちに、二人の愛の暗喩が散りばめられています。

時代のせいもあるかもですが、このお嬢様もセクスィーというよりは
ボーイッシュな感じ。
ウィスラーもなよっとしたタイプなのです。(この集団ですから・・・)
なーんかね、どうなの・・・?

ウィスラーはお譲様との別れの後、モティスフォントの改装を手がけ、
その後に軍隊へ志願します。
時はあたかも第二次世界大戦中。
そして迎えるD-DAY

戦場ではかなく彼は散ります。

一方、カロラインお嬢様は1949年、第3代准男爵Sir Michael Duffの後妻に
収まります。
この二人、bisexualityの仮面夫婦(?)だったみたいです。
後に養子が暴露しています・・・。

ま、誰も幸せにはならなかったという哀しい顛末。
愛は消えうせたけど、芸術は残ったとも言える。

屋敷内に残る、ウィスラーとカロラインの愛の奇跡(?)。
彼から彼女へのラヴレターも展示されてます、読むと哀れになるけど。。。

| UK_2010 | 19:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆St Marys and St Nicholas Church in Beaumaris

2011/6の旅行記より。

BeaumarisのParish church(教区教会)を見学に行きました。
【St Marys and St Nicholas Church】です。

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1295年に築城が始まり、30年かけても未完に終わったBeaumaris城の
すぐそばの、壁で囲まれた市街地の市民(いわゆるブルジョワジー)の
ために14世紀に作られたのがこの教会の起こりだそうです。

ところで、Beaumarisを日本風にボーマリスと読むのは、フランス語読み。
現地の人は「ビューマリス」と呼んでいます。
ノルマン英語になるのかな?
何しろ、ノルマン朝(Plantagenet)の王、EdwardⅠの町だものね。
フランス語風に読むと、ヴォーマリス。
美しき湿地帯(beau-marais)から変化したのではないかと言われています。
現在の形、beau-marisだと、「美しき夫たち」になっちゃうけどねぇ。笑

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中は内陣や外陣に年代の違いが見られるので、ここが増改築された教会
であることがわかります。

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私は教会の中にある石碑や石棺などを見るのが好き。←暗い趣味?!

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左右の骸骨が見えますか?
メメント・モリ趣味、全開ですねぇ。

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1363年と読めます。年号の直前に書いてあるのは、う~ん、かろうじて
読めるのは"・・・DOMINUS IN HIVER"?
冬(HIVER)に亡くなったのかしらね。
もっと近付ければ見えるんだけどなぁ。

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上は1673年9月20日に亡くなった善良なるジェントルマンここに
眠るとありますが、名前がない。(イニシャルはRGMG?)
その下に、1677年11月26日に亡くなった、上記人物の甥なる
John Robertという人物の名前が。

下の碑には1672年9月21日に亡くなったというジェントルマン、
John Petunson氏の名前があります。
わざわざ年号の後に"ANNO DOMINI"(キリスト暦)と銘打つのが面白いですね。

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ぬわーんか、新し目のステンドグラスなのよねぇ。
Edwardian風っちゅうか・・・。
もっと古い時代のガラスが好きだぞーっ

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こちらは16世紀のmisericord(=疲れたときにお尻を乗っけて休む突起)
付きの聖歌隊席。
なんというか・・・モラルハザード防止?っていうのかな。
「こういう人はいかんぜよ!」的な人物像を席に彫り付けて、それを
お尻で踏むことで「こういう人物は踏みつけにされるものだ」という
暗喩にしていた・・・・ようです。(ホントか?)
たとえば衣装道楽のオバチャンとか、大酒飲みとか。
そんな感じの造詣多し。

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真鍮記念碑(Brass)。

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正直、この書体は読みにくい・・・。WなのかMなのか、aなのかoなのか。
判別不能。
Brass Rubbing(ワックスを塗って紙を置いてこすりとる。=拓本?)
してみたら、読めるかもねぇ。

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こちらはだいぶ時代が下って、ヴィクトリア女王時代のもの。

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この鳥、ブラックバードかなぁ?ちょっと違うか。。。

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もはや、ここまで来ると最初の一文と最後しか読めない。
字体は簡明で読みやすいんだけど、書いてあるのが英語にしては変すぎる。
ま、あるジェントルマンがこの世を離れた、死んだっちゅう碑文。(ぉぃ)

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主祭壇かしら。

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これはどこだっけ?

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C.E.Kempe社のステンドガラス。

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聖母子。

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聖ジェイムス。(杖を持ってるでしょう?)

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聖ジョージ。(旗を持って、竜を踏みつけてるので)

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アラバスターの美しい墓棺は1490年頃亡くなったWilliam Bulkeley
とその妻Elin(Penrhyn領主の娘)。

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この二人には特段、ロマンティックなエピソードはない模様。

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みんなが撫で回すので、顔がのっぺりしちゃってます。

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このステンドガラスは少し面白い。

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キリストの生誕の画面、

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右下に桶に入れられた男児の姿が。
なにこれ、産湯じゃないよね?
キリストでもないし、天使でも、聖人でもない。何者?!

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・・・と、ねっちりと見学(だって趣味なんだもん)していると、
徐々に人が集まりだし・・・ヤバイ!!今日は日曜だった!!

聖書を持った親切そうな善男善女に、「日曜礼拝に参加なさいよ~」
と集中砲火を浴びる。。。
断りきれず、出席する自分を軽く5回は呪う。
教会賛助会員の女性に「どちらからいらしたの?牧師さまが
知りたいそうよ」と言われ、身がすくむ。うっ、まさか説教中に
紹介したりしないよね?!

案の定、今日の礼拝に参列した外国人という紹介を受ける・・・。
ううううううう・・・・・・・・・・。私はクリスチャンじゃないのにっ!

ようやく終わって解放されると思いきや、茶を飲んで行けとの
お達し。
はいはい、もう何でも付き合いますよ。毒を食らわば皿までぢゃ。
(献金までさせられるしさー。もー!)

ついでなので、教会入口に置かれたこの棺について尋ねる。

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これはイングランド王Johnの庶子Joan姫の棺であり、なぜここに
あるかというと、ちょっと長い話。

John王がウェールズとの関係強化のために、フランスにいた娘を
結婚のために呼び戻し、Walesの伯爵(後のLlywelyn the Great)へ
嫁がせた。
最初はうまく行っていた二人だったが、JoanはWilliam de Braoseという
ウェールズ人のくせに英国王に擦り寄るノルマン貴族と不義密通を犯す。
相手は吊るし首、Joanは1年間塔に監禁。
※この男、裏切り・だまし討ちで有名で、ウェールズ人からは
「アベルガヴェニーの人喰い鬼(Ogre of Abergavenny)」と嫌悪される
男の息子。

ところがウェールズの大王ともあろうものが、この浮気女を許して
しまうのね。
(王の寝室で不義密通に及んでるのだからその場で成敗されても文句も言えまい)

王の妃として復権した後、彼女は8年後くらいに死にます。
それを宮殿から見えるフランシスコ会修道院へ埋葬。
大王が死んだ後、彼は彼女の横ではなく、Aberconwy Abbeyに埋葬
されました。

Joanの眠る修道院はその後、ヘンリー8世の修道院解散令で
破壊され、彼女の棺は冒涜され、200年もの間、馬の水飲み桶と
して使われていたそうな。

それが最終的に1808年、Burkeley子爵がこの教会が引き取り、今は
大事に守られるようになったそうです。
波乱万丈。韓流ドラマかっ!的展開。

・・・だけど、身から出た錆とも言えるんじゃな~い?!


 

| UK_2010 | 20:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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◆Beaumaris Castle

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こちらが【Beaumaris Castle】です。
世界遺産だし、せっかくだからお城も紹介しましょうかね。
・・・いや、中には入ってないんデスけどね。笑

だって、入場料払いたくないし(といって、3.60GBPぽっきり)、ケチじゃない!興味ないだけ!
外からも見えるし、危険そうですしっ。

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・・・ね、あらゆる危険が待ってそーでしょ?!

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お城の周りをお濠がぐるりと。

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外からだけでも中がどうなってるのか、想像に難くないですね。
がらーん に決まってる!

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現在の城主はカモメ一族。

| UK_2010 | 19:13 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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