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◆Plas Newydd Country House and Gardens

2011/6の旅行記より。

Menai海峡に面した【Plas Newydd Country House and Gardens】へ。



Plas NewyddはAnglesey島と北Walesの間の非常に狭い海峡(川のように
見える部分、海峡です!)に架けられた有名な吊り橋(Menai Suspension Bridge
の近くにあります。
並行して架けられた鉄道用の橋(Britannia Bridge)の方が近いですけどね。↓

110226-5.jpg

メナイブリッジも通りましたが、あっちは非常に道幅が狭いので、かなり怖いです。
車の運転者には。

さて、屋敷へはこの木立を抜けて向かいます。

110226.jpg

この辺りから、ポツポツと雨が。
箱根の杉並木のように巨木なので、ここではまったく濡れません。
大きいねぇ。歩いている人間と大きさを比べてみてください!!
大木はお金持ちの証ー!(<樹は一朝一夕には育たないもの)

110226-2.jpg

木立を抜けて、海峡へと緩やかに坂道。(写真は坂の下から見上げて撮ったもの)
その下に、屋敷が聳え立ちます。

110226-9.jpg

建物は18世紀のもので、Marquess of Anglesey(アングルシー侯爵家)のものです。

なんとなく、NTの【Mottisfont Abby】に似てるなぁ。
後述しますが、この屋敷もモティスフォントも画家のRex Whistlerと関係が深い。
そんなことも関係しているのかなぁ・・・。

さて。
アングルシー侯爵はワーテルローの戦いで名を挙げた第2代Uxbridge伯爵
Henry Pagetの襲爵から始まります。

110226-4.jpg

思いっきり、Gothicスタイルですね。
Jane Austen の『Northanger Abbey』のヒロイン、ゴシック小説萌え~!
のCathalineが喜びそうな感じ。

とりあえず、天気が悪いし、邸宅内部の見学へ。
(邸宅内部の撮影は禁止)

アングルシー侯爵家歴代の中で、やっぱり面白いのは第5代侯爵、
Henry Paget(同名が多くてややこしい)。
彼に付けられたあだ名は"the dancing marquess"(踊る侯爵)。
※クネクネした踊りを踊ってたらしいです。(参照
 この写真、オスカー・ワイルドかと思ったヨ!もしくはフレディ・マーキュリーか?!

30歳で死んでるんですけど、この人の舞台熱・社交熱のせいで、侯爵家は
莫大な負債をこさえたそうな・・・。

でもね、かわいそうな生い立ちなんですよ!!
母とは2歳で死別。それだけではなく、彼は母と母の愛人(役者)との子供だと
噂されます。
事実、彼は母の愛人のフランス人役者の妹の手により、パリで8歳まで
育成されるのです。これは侯爵家の跡取りとしては実におかなしなこと。

その後、Eton校へ進学、海軍士官になり、1898年に23歳で結婚。
同年、父侯爵(もしかしたら父じゃないかも?)が死去し、タイトルと財産を
相続します。

父という重石が取れたこの男、財産を浪費します。

    まるでばら撒くように。

これって、やっぱり本当は自分の財産じゃないという負い目から?
周囲にはお相伴に与かろうとする輩が集まり、世紀末の馬鹿騒ぎの気運もあり
そりゃもー すごいことに。
今で言う、お騒がせセレブの走り?パ○ス・ヒルトン?

妻はそんな夫を認めず、別れます。
(それにどう見ても、この侯爵はgayでしょう・・・)

踊る侯爵は妻が去った後、よりいっそうの自堕落道へ。
すでにこの頃、彼は屋敷を抵当に入れる羽目に陥っています。

1901年、彼のvalet(貴族などの身の回り一切を見る従者)が時価総額
5万ポンド相当の宝石を盗みます。(現在のレートでも650万円!)
彼の後ろにいたのはフランス人女性で、彼はドーヴァーで捕まったのですが
すでに宝石はフランスへ横流しされ、二度と見つかりませんでした。

従者は結局、5年の禁固刑。
従者って、主人の秘書的存在。もしかしたら寝室のお供もあったかも。
そんな絶対の信頼が必要な人に裏切られるなんて痛いですね・・・。
人間が信じられなくなりそう。

1904年までに、踊る侯爵の負債は54万ポンド(現在レートで7千万円)
にも達し、ついに破産を宣告されました。

そして、1905年、フランスのモンテ・カルロで踊る侯爵は客死します。
傍らには、別れた妻Lillianがいました。←ここ、救い?
侯爵の死を、Bangorの地元の人々は惜しみました。
イギリス人(この場合、ウェールズ人も?)は奇人変人の類が好きですよね・・・。

未亡人Lilianは5年後に銀行家と結婚して、3児を得ます。
アングルシー侯爵のタイトルは、従兄弟に移り、第6代侯爵は「踊る侯爵」
の出版物を差し止めにしたそうな。不名誉だからかのぅ・・・。

続く第6代侯爵の長女、Lady Caroline Pagetは画家のRex Whistlerと
付き合っていたそうです。身分違いの鯉、いえ、恋!!わーっ

屋敷にはウィスラーが描いた、彼女のヌードもあります。(参照

残念ながら、この関係は画家の一人相撲に近いものであったみたい。
お嬢様より画家の愛の方が深かった。

画家はこの屋敷の食堂の壁を飾る仕事に着手します。(1936-7年頃)
それは見事な海の絵です。
写真に撮れないのが残念な感じ。(参照

絵のあちこちに、二人の愛の暗喩が散りばめられています。

時代のせいもあるかもですが、このお嬢様もセクスィーというよりは
ボーイッシュな感じ。
ウィスラーもなよっとしたタイプなのです。(この集団ですから・・・)
なーんかね、どうなの・・・?

ウィスラーはお譲様との別れの後、モティスフォントの改装を手がけ、
その後に軍隊へ志願します。
時はあたかも第二次世界大戦中。
そして迎えるD-DAY

戦場ではかなく彼は散ります。

一方、カロラインお嬢様は1949年、第3代准男爵Sir Michael Duffの後妻に
収まります。
この二人、bisexualityの仮面夫婦(?)だったみたいです。
後に養子が暴露しています・・・。

ま、誰も幸せにはならなかったという哀しい顛末。
愛は消えうせたけど、芸術は残ったとも言える。

屋敷内に残る、ウィスラーとカロラインの愛の奇跡(?)。
彼から彼女へのラヴレターも展示されてます、読むと哀れになるけど。。。

| UK_2010 | 19:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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