◆Mompesson House

2016年6月のイギリス旅行記より。

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天気も悪いし、ナショナルトラストのメンバーでもあるし(?)、久しぶりに
[Mompesson House]に入ります!

大聖堂近く、元々は聖堂関係者が住まう地域です。
真ん中に広々としたMeadowがあり、その昔はここに牛もいたんですってー。

お屋敷の右側は1625年に廃業するまでPubだったそうです。
こちらの家屋敷を入手したSir Thomas Mompessonおよび、その息子Charlesが
この辺りの小さな区画をひとまとめにしたものが現在の屋敷となっています。
(旧Pub であった右側の煉瓦の建物は召使などの区画)
ここから、[Mompesson House]と呼ばれたのですね。
最終的には結婚によって、何家族かの手から手へと渡りますけれども。

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玄関広間。

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ちょっとコワイ、昔の貴婦人の肖像。
NTの職員に「誰か?」と尋ねると、「Dame Pigotです。直接この屋敷とは
関係のない人物の肖像」とのこと。
向かい合わせに彼女のご主人と思しき男性(もしかしたら他人かも)の肖像も
飾ってあります。

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表階段。
階段は長らく、ヨーロッパ文化圏では「富の象徴」でした。
家の中で玄関に次ぐ、格式を表す部分となります。

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まずは一階の部屋から拝見。
こちらはモーニングルーム、かな。
カップボードには[400年に渡るイギリスのグラスのコレクション]の一部が
飾られています。

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テーブルにも古い時代のグラス(たぶん、Charles1世時代のもの)が置かれ、

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繊細なマイセン陶器人形も飾られています。

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このお皿、好き。
セーブルっぽい。

ところで、こちらが所蔵するグラスの一大コレクションは、すべて、
Captain Oswald Turnbull氏によってナショナルトラストに寄贈されました。

Turnbull氏(1890-1970)は1920年アントワープオリンピックでの、テニスの
ダブルスでの金メダリストであり、第一次世界大戦では激戦地Sommeでは
[Military Cross]を授与されました。

その後、テニスから離れ、一時はゴルフへ専心。
Maidenheadに落ち着いた後はジャージー牛を育てて受賞したり・・・と
多芸多才(?)な人でした。

ガラス器の説明で面白いな~と思ったのは、1745年に[Glass tax]が
導入された結果、それ以降の製品は薄く、そして軽くなったということです。
重さで課税されたわけですね・・・。

1848年に[the Public Health Act]が制定されるまで、水とは洗い物専用と
考えられていて、決して飲み水には適さなかったそうです。
18世紀頃は、赤ん坊から主婦に至るまで、毎日3パイント(≒1.5㍑)の
薄いビールを飲み物としていました。

ビールを飲むことは当時、愛国的行為と考えられていたそうです。
なぜならば、ワインを飲む国(=フランス)と植民地アメリカを巡り、
戦争をしていたから。

ビールを飲むには器が要ります。
彼らはグラス製造者のところへ「見栄えのするグラス」を求めて走りました。
グラスは見栄っ張りな連中が周りに誇示するアイテムとして必要なもの
でした。

健康のため・・・と言っては大酒を飲む連中は絶えなかったそうです。
特にロンドンの運搬に従事する者は濃くて重いビールをがぶ飲みしました。
この辺、今でも変わってないのでは?!(--;<ロンドン人は大酒飲み

愛国的理由だけではなく、輸入に頼るワインは当時の贅沢品でした。

ナショナルトラストの職員が面白いグラスを見せてくれました。
ガラスのトリムの中に白いリボン状のものが2本、ツイストするように
入っています。
これはJacobiteたちが官憲の目を免れて、彼らの真王であるJames2世の
血筋の者(老僭称者・小僭称者)に乾杯するためのからくりだったそう。

私、これをDevonかCornwallでも見た気がするなぁ・・・。
どこだったかなぁ・・・。

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美しいplaster work(漆喰装飾)です。
もう少し古い時代のそれと比べると、素人臭さが抜けて、洗練された出来栄え。

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ダイニングにふさわしく、「フルーツのある静物画」。
作者は17世紀のオランダ人画家、Martinus Nellius。
さくらんぼが大きくて瑞々しいこと!

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Drawing Roomです。

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飾り気のないスクエアピアノ、

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「マルタ島のヴァレッタ港のロイヤルヨット」。
信号旗が読めると面白いかも。

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こちらは一世を風靡した、花の静物画。

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柿右衛門っぽい?

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恐らく、ヴェネシアングラスのシャンデリアではないかと。

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最後にこの館を所有した一族で、1939年に96歳で亡くなるまでここに
住んだ、Miss Barbara Townsendは独学で絵を学んだアーティストでした。

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ラインティングデスクには、

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届いた手紙や、カード、カレンダーなど。

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3人姉妹の写真。
卓状カレンダーはちゃんと日付曜日が合わされています。
NT職員、なかなかやりおるな!!

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彼女自身の手による水彩画。
麦わら帽子、唐子の花瓶に活けられたのはダリアかな?

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土方歳三風の男性はお兄さんか甥かなぁ?
一番上に載っている手紙は葬式通知です。
黒枠が太ければ太いほど、差出人の近しい身内が亡くなったことを示します。

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ライティングデスクの背面には、絵画用の専用コーナーも。

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何もこんなに狭いところでやらなくても・・・と思うものの、本業というわけでは
なし、お客が帰ったら描く、という感じだったのでしょうね。

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水彩画がほとんどだったみたい。
彼女が亡くなった後、2つのスーツケースに詰められた彼女の作品は
親戚の家とこの屋敷の屋根裏に突っ込まれていたそうです。

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マグノリアとチューリップでしょうか。
どこか、東洋的な感じさえします。
私は彼女の作風、好きです。

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小さな居間。

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女性の部屋って、やはり居心地重視ですよね。

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はい、また玄関広間へ戻り、今度は階上へ上がります。

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漆喰装飾と手すりの彫刻が見事です。

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一番、右端の部屋。

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これまた柿右衛門風。

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この、帝政風のテーブル、面白いんです。
NT職員が教えてくれましたが、左右の端の引き出しを引き出すと、
びよーんと出て来て、そこにたたまれている鏡を取り出すと三面鏡的な
形になる仕組み。
ほ~ぉ。

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暖炉の脇には凝った火の粉避けが。

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とても古いゴブラン織り。

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セーヴルっぽし。

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この箪笥も面白い形です。
おそらく、左右の2マスは扉式になっていて、鍵を差し込んで開くのでしょう。
真ん中の列と一番下は引き出し式だと思われます。

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この部屋からは大聖堂がこの近さ!!
Meadowを見下ろす好立地。

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さて、NT職員のおぢさんがこの部屋の秘密を教えてくれました。
箪笥の横の扉、実はフェイクなんですって。
どういうことかというと・・・、

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実際に開けてくれました。
そう、扉の先は外壁!
つまり、屋敷をより広く、大きく見せるための「見せかけのドア」なんですって。
あらまぁ。

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お金持ちの考えることはよくわかりませぬ。じゅ~ぶん、広いのにね。
こちらは二階の居間。

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中国製の鏡の枠かな?

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ものすごい、へたうま刺繍(Stumpwork)です。
これ、16世紀くらいの定番。
カタツムリ、見えますか?
このへたくそさ、たまりません。好物!←もの好き。

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居間を挟んで反対側の寝室。
暖炉とベッドの近さが危険な香り・・・。
思いがけぬ火の粉で引火しそうで怖いです。

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再び一階へ降りますと、書斎。

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玄関と庭を繋ぐ廊下に、中華狛犬、いえ、狛獅子?

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このヘンチクリンな中国の花瓶みたいなのには注ぎ口が付いています。
何に使ったんだ?

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玄関広間に置いてあったアルバムには家系図等が。
ふむふむ。
Ginaは1880年生まれ、1905年に最初の結婚。

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時代はエドワーディアンでございます。
花嫁は25歳。きれいです。

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Ginaから"伯母様"であるMiss Eyre(つまり、画家のBarbara Townsend)
宛の結婚式の招待状。

このGinaには年子の妹と弟が一人ずついて、妹Lexieが結婚したのが1922年。

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第1次世界大戦後3年目、Lexieは41歳(!)と、当時とてもかなりの晩婚。
しかし、しっかり子孫は残していて、なんと一人息子Robertを生んだのは
44歳(!)と大高齢出産でした。

ちなみに、末弟は未婚で亡くなります。

この3姉弟の母は伯母であるBarbaraの妹Jane。
伯父Georgeは結婚はしたものの子供に恵まれず、下の妹Barbaraは生涯未婚、
Janeは結婚して先の3姉弟を生み、末妹Gertrudeも生涯未婚。

味気ない記録だけでは窺い知れない内情がありそうです。
E・M・フォースターばりの。(^。^;

さて、ここはお庭がすてきなんですよ。
すごく狭いですけどね。


(おまけ)

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こちらは1872年9月23日付け、Miss Townsend宛てにCambridge公爵George
贈った滞在のお礼状です。
「ケンブリッジ公爵って誰?」なあなた、「ケンブリッジ公爵って
ウィリアム王子のことでしょう?!」のあなたも聞いてください。

そう。
現在のケンブリッジ公爵はウィリアム王子のことです。
ケイト妃はケンブリッジ公爵夫人ですね。

でも、19世紀のケンブリッジ公爵といえば、George3世の7男である
Adolphus王子の息子、Georgeがケンブリッジ公爵でした。
つまり、Victoria女王の父がGeorge3世の4男ですから、二人は従兄弟の
関係になりますね。

王室のメンバーは伝統的に軍隊に籍を置きますが、お飾りに過ぎない
のが普通です。
彼はクリミア戦争に職業軍人として従軍し、30年超に渡って長らく陸軍の
最高司令官を務めあげ、兵士の待遇や医療設備などを改善しました。

そんな彼ですから、結婚もまさに異例。
王室結婚令を違反して女優のSarah Fairbrotherと結婚した気骨の持ち主。
当時は「お上品な」Victoria女王が君臨した、ヴィクトリア時代です。
女王は性的逸脱も、奢侈も放埓も認めない、コチコチのお堅い人間。
彼らの関係はどうだったんでしょうね~?

手紙はMompesson HouseでEire家の姉妹に歓待されたお礼を述べています。
字はへたくそね・・・。

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おはようございまーす。
コメントのお返事読みに来たら、また記事がアップされてた~(*'▽')
モンペッソンハウス、むか~し家の前まで行ったんですけど中に入らなかったんですよ。
当時まだ息子がベビーカーに乗ってて、あそこの家って入り口にちょっと急な階段があるじゃないですか、それでわざわざベビーカーをたたんでまで入るのはちょっと、、、と気が引けて入らなかったんですよね。
それ以来ソールズベリ方面に出かけることがなくなっちゃって、行く機会がないままです。
中、こんな感じなんですね~面白そう、、、私好みですよ、このお屋敷。
広すぎず、でも見どころ満載。
家具や室内装飾もセンスが良くて、見学が楽しそうです。
最後の女主人が描いた水彩画も良いですね。
私もこういう感じの絵好きです。素朴な雰囲気で決してすごい画力ではないけれど、人の心をひきつける温かさがありますね。
お次はお庭紹介かしら?楽しみにしてます。

Saoriさん好みのお屋敷ですよ♪

こんにちは~!

Salisburyも、大聖堂のある町だけあって趣があり、お店も多いし
楽しいですよね。
この辺りは本当に、ジェイン・オースティン的な雰囲気がして
すてきです。

そうそう、このお屋敷は数年前に映画化された「いつか晴れた日に」(?)
のロケ地の一つでもあります。エマ・ワトソンですっけ?
地味な女優さんの・・・。
私も見直してみたいと思ってます。
プロフィール

willows66

Author:willows66
庭・旅行・美味しい料理・英文学・映画・ピアノ・猫・蛙フェチの女の日記。

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