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◇Deene Park(2)

さて、【Deene Park】の続き。

実は屋敷に到着後、まず[Old Kitchen]を改造したカフェでお茶しました。
ふふふ・・・。
何を見るより前にティールームへ直行だなんて、イギリス人っぽい行動。

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嵌め殺しの古い窓の前には先ほど見たすてきなゼラニウムの鉢。

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頼んだのはアップルタルトとティー。
見てください、トピアリーと同じ形!!

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外はとても暑いのに、厚い壁に囲まれたこの古いキッチンはひんやりと
涼しかったです。

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壁には墓碑のブラスをこすって版画みたいに写し取った
ポスターがたくさんありました。
わー。大好物。見たい!!
たしか、この屋敷のすぐそばに教会があったから、もしかしたらあそこに
あるかも?
後で寄ってみることにしましょう。

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建物はCourt Yardを取り囲む、ロの字型。
外から中へ入るにはこのアーチを通ります。

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実にフォトジェニックです。

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立派な中庭。

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中庭の四隅に置かれたポット。

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美しい斑入りのゼラニウム。

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日陰はひんやり。

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邸内へはこの重厚な扉から入ります。

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日時計。

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時刻は・・・

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14:17分。全然ちゃうやんけー。

※ハッ( ゚ω゚) 今思うと、この日時計合ってますよね?!
 私の腕時計が夏時間なだけで。

屋敷の内部見学は時間毎にグループで回ります。
残念ながら、写真撮影は不可。

ガイド氏が案内してくれるんですけど、私の回の人はわかりにくい英語で
途中でついていくのにギブアップ。
説明している間は話を聞かなくちゃならないし、話終るとすぐ、次の間へ
移ってしまうので、ゆっくり見られません・・・。
これだからツアー制は嫌いだ。

この屋敷にはイギリスに4つしか残存しないというマグナ・カルタもあった
そうですよー。(ロンドンの英国図書館に寄贈されたんだか売られたんだか)

-------

とりあえず、この屋敷の来歴を。
ここはずーーーっと一つの一族が所有してきたというイギリスでも稀有な
物件です。

元々はNorman Conquest以来150年間、Westminster修道院の所有でした。
1215年に、Sir Ivoが年間18ポンドと一年に一度、司教一家を屋敷でもてなす
ことを条件に初めて屋敷を賃借しました。
これはその後、750年続いたそうです。なんと。

1514年にSir Robert Brudenell (1461-1531) が地所を獲得するまで、
いくつかの一族が屋敷を借りました。
1970年に至るまで、この地所はBrudenell家の男系を通して継承され、
地代の18ポンドは払われ続けました。
(1970年には教区委員会が200ポンドほどで彼らに売却しています)

屋敷は600年間に中世のマナーハウスからTudor朝様式、George王朝風
邸宅へと変身し続けました。
人口湖の形状や場所でさえ、彼らは移しました。

19世紀から20世紀初頭にかけて、財政難になった屋敷は家具や美術品を
競売にかけます。
20世紀の相続人たちはありがたくないボロ屋敷を受け取り、雨漏りのする
屋根を直し、いたんだ壁や天井、敷物を直し、基金を設立して修繕費用を
調達し、売り払われた家具や絵などを買い戻しました。

さて、話を17世紀に戻して。
この屋敷に根を下ろしたBrudenell家第3代、Sir Thomas(1578-1663)は
1628年にまずはBrudenell男爵位を、ついで1661年にCardigan伯爵位を
創設します。
当時としては大変な老齢(85歳)で亡くなると、2代伯爵Robert (1607-1703)へ
爵位は移ります。
この人も、ものすごーーーい高齢(なんと96歳!!)までがんばります。
がんばりすぎて、息子が先に亡くなる始末です。
ちなみにこの息子、FrancisはJacobite (James2世を支持する王党派)で
大逆罪で4年投獄された後に亡くなっています。

孫のGeorge (1685-1732) は従兄弟とイタリアへグランドツアーに
出ていた18歳の時に、祖父が亡くなって若き伯爵になります。
彼は放蕩者で、悪名高い年寄りで醜いイタリア人の愛人(ひどい言われよう)
連れて、イギリスへ帰国します。
翌年、19歳でElgin&Ailesbury伯爵の娘、Elizabethと結婚。

さっそく、3代伯爵となったGeorgeは屋敷の改築に乗り出します。

ついでに言うと、3代伯爵の叔母Anna Mariaは長患いをしていた、
第11代Shrewsbury伯爵と結婚したのですが、夫婦生活は破たん。
あげく、2代Buckingham公爵の愛人となり、夫は公爵に決闘を申し込みます。
(ちなみに妻Anna Maria は"notorious" であり、その愛人は複数いて、
公爵だけじゃなかったんですー!きゃー)

その決闘で致命的なケガを負った伯爵は2か月後に死亡、公爵の決闘
介添え人も殺されるという大醜聞を巻き起こしました。
これは放埓なCharles2世の宮廷でさえ、許されなかったそうです。
Anna Mariaは公爵の愛人として、公爵の妻も住んでいる屋敷で暮らしました。
彼女は私生児を生み、Westminster Abbeyで洗礼をするという醜聞を起こしました。
しかし、彼らの情事は1673年に破たん、フランスへ移り住みます。
1677年には帰国して、今度は国会議員George Rodney Brydges氏と再婚。
あんまり報いはなかった感じ。(社交界を追放されたのが報いと言えば報い?)

次のスキャンダルは3代伯爵の姉、 Frances Brudenell
彼女は有名なバイセクシャルでもありました。
放埓の血筋か・・・。(--;

もう一人の妹Anneは、Charles2世とフランス人愛人Louise de Kérouailleとの
婚外子、Richmond公爵と結婚。
一男二女に恵まれるんだけど、面白いのはここからダイアナ元妃
コーンウォール公爵夫人カミラが生まれるってこと。
つまり、あんなにもめた二人は遠い血縁関係にあるということ。。。

話はCardingan家に戻りますが、第3代伯爵は息子を4人遺して死亡。
当然長男George (1712-1790) が第4代伯爵を継ぐ。
この4代目はMontagu家の女相続人Maryと結婚し、Montagu公爵位を創設
するも、一人息子は4年後に死亡。残ったのは娘のみ。
(ちなみにこの妻Maryは初代Marlborough公爵John Churchillの孫娘です)

結局、第5代爵位は弟Jamesへ移ります。
名家の次男として、政治畑を歩んだ彼は最初の妻を1786年に亡くした後、
なんとなんと、新郎76歳、新婦32歳という・・・あんまりな年齢差で結婚。

加藤茶
かよ・・・。(--;おぇ

新婦が気の毒すぎてなりません。。。
いやいや結婚させられたんでしょう。
目的はただ一つ、「跡継ぎを作ること」。おえー。
当然ながら、二人の間に子供はできませんでした。
そりゃそーだ。

で、伯爵位はどうなるかと言えば、まだ弟が二人います。
が、うち3男は早くに亡くなっています。子供一人遺して。
では、4男が後を継ぐかと言うと、実は爵位から遠かった彼はすでに
母方の爵位を継いで、1776年にAilesbury伯爵を創設していました。

そこで、6代伯爵位は早くに亡くなった3男の息子Robert (1769-1837) が
継ぐことに。
彼は一人息子と7人の美しい娘を持ちました。
この一人息子James (1797-1868) が放蕩者で・・・。
後にこの一族で一番有名な人物になります。

貴族の家の長男でありながら、彼は軍隊に入り、クリミア戦争で勇名を
馳せます。(Battle of Balaclava
「軽騎兵旅団の突撃」と呼ばれる、蛮勇ですね。
帰国した彼はヒーローであり、Victoria女王にウィンザー城で女王一家に
話を聞かせるよう要請されました。
その時の絵が、邸内に飾られていて、皇太子もまだ幼い子供でかわいい絵です。
しかし、この話には後日談があり、女王は7代伯爵のスキャンダラスな私生活を
知った後、この絵から自分の姿を取り去るよう画家に命じたとか。・・・伝説ですが。

7代伯爵は軍隊時代に、知人の妻を盗みます。
彼女が離婚された後、二人は結婚。
それが最初の妻。

子供はいないものの、それなりに暮らしていた60代のある日、彼は激しい恋に
落ちました。
相手はAdeline de Horsey(1824-1915)という美しい女性でした。
二人が出会ったのは60歳と33歳の時
それから、妻と離婚しようとするもはたせず、妻が2年後に亡くなってすぐに
二人は結婚して、社交界から完全に無視される結果になりました。
特に、Victoria女王を初めとして、貴族女性に非難されました。

7代伯爵が亡くなる10年後まで、二人は仲良く暮らしました。
Adelineはスキャンダルな回顧録『My Reminiscences』という本を出版して
あることないこと書きたてています・・・。

夫亡き後、へこたれない女である彼女は次の夫になんと、女王の信頼厚い
首相、Benjamin Disraeliをロックオンします!!きゃー、逃げて~!

激しく追っかけ回す彼女をディズレーリは上手に逃げ切りました。(さすが女たらし)
Adelineはディズレーリと結婚して、自分を決して受け入れなかった社交界に
復讐しようとしたのでした。
夫が死んだ後、彼女は12のプロポーズを受けたそうです。(自伝より)
その中から、ポルトガル貴族Lancastre伯爵(なんと、John of Gauntの子孫!)と
結婚します。

彼らはDeeneの領地と大陸を行ったり来たりしながら数年暮らします。
Adelineの武勇伝に、領地の墓地で障害物競走をたびたび行なったことが
あるそうです。ただし、ちゃっかり自分の棺は邸内に避難させ、たまに
そこで寝そべって人からどう見えるかを訪問客に尋ねて困惑させたりしたそうな。

7代伯爵の後は3代の4男(ややこしい)Ailesbury伯爵を創設したThomasの息子
Charlesに引き継がれます。
7代Cardigan伯爵にして、2代Ailesbury伯爵であるCharlesは領地や爵位を統合して
1821年にAilesbury侯爵位を創設します。
イギリス貴族の場合、爵位は最上のものがメインの爵位名になるので、
以後はAilesbury侯爵家となります。
ただ、2番目に価値あるCardigan伯爵位も儀礼称号として、侯爵の長男の
称号となりました。

2代侯爵は子供がいないまま亡くなり、3代侯爵は弟Ernestへ。

ここから侯爵家本家と切り離されて、Deene Parkは受け継がれていきます。
3代侯爵の下の弟Robert Thomas Brudenell-Bruce (1845-1912) へ。

このRobert卿の長男Ernestは第一次世界大戦時に、アラスで戦死します。
彼の死ぬ直前まで、7代伯爵のスキャンダラスな妻Adelineは生き延びており、
Deene Parkは彼女の好きにされていました。
晩年、奇行で有名であった彼女は白塗りの厚化粧をし、ブロンドの鬘をかぶり、
亡き伯爵の連隊のズボンを履いて自転車に乗ったそうです・・・。こわい。

兄の戦死により、屋敷は次男Georgeの手に渡ります。
屋敷は電気もなく、ヒーターもなく、バスルームは2つだけ。
台所はダイニングまで遠く、自転車に乗って台所まで行く始末だったそう。

彼らの一人息子Edmund (1928-2014) 妻Marion (1934-2013) と共に屋敷の
補修を始めます。彼らは屋敷の修復に献身します。
個人の資力ではどうにもなりませんから、ファンドを作ったり、ボランティアを
お願いしたりで運営しているようです。

現在は彼らの双子の長男、Robert氏(1956-)が屋敷のオーナーです。

途中で別れた、本家のAilesbury侯爵家は本拠地をTottenham House
置き、いまだに爵位を継承しています。
現侯爵は8代目であり、高齢。
その相続人であるCardigan伯爵David Brudenell-Bruceはお騒がせセレブ
のようですねー。現在は週に70ポンドくらいの失業手当での暮らしだそうです。
なんでもトラストの管理者ともめて、先祖代々の資産を凍結されていると
訴えたとか。アメリカ人の2番目の妻は48歳にして妊娠し、貴族階級始まって
以来の、生活保護受給家庭の貴族子弟となる模様。
(最初の妻との息子Savernake子爵が嗣子)
その後、どーなったんでしょうか。

彼の前妻との娘はBo Bruceの芸名で、Popシンガーだそうです。

ちなみに皆様お馴染の「カーディガン」はこちらの7代伯爵がクリミア戦争時に
考案したものとされていますが、まったくの事実無根のようです。

ま、いろいろありますわな。(*´д`*)
これだけ長い歴史がありますと。

2 Comments

Saori  

お屋敷見学前にお茶タイム、いいですね~(^^♪
アップルタルトがおいしそうです。
あまあまなケーキが多い英国ですけど、アップル系のケーキは割とおいしいものが多いと思うのですよ。
アップルタルトとかドーセットアップルケーキとか、、、リンゴが美味しい国だからかな。
中には素材の良さを生かさずに甘すぎケーキを作っちゃう人もいますけど^^;

Bo Bruce知ってますよー英国版Voiceでファイナルまで行ったんじゃなかったかなあ、、、メンターであるスクリプトのダニーと一時噂になったんだけど、「絶対違う」ってダニーが猛反発して噂も立ち消えになりました。
その後Bo自身もメディアから消えちゃったんだけど、、、彼女の歌声とか歌い方は個人的にすごく好きだったので、残念だなあ、と思ってます。
まさかその彼女が関係していたとはー!びっくりですよ。
彼女自身も薬やったり放蕩癖があったりと結構大変な人みたいだったんですけど、そういうのも血がなせる業だったのかしら、、、?

2016/04/19 (Tue) 19:00 | EDIT | REPLY |   

真木  

甘さを控えめに

していただけたら、イギリスのケーキもなかなか味わい深いですよね。
フランス式のデコケーキばかりじゃ、胃もたれしちゃう。
普段着のケーキと言いますか、庶民のおやつと言いますか。

Bo Bruceさんって、有名なんですね~。
お顔もきれいだし、すごくスレンダーですよね。
クスリのせいかしら。。。。

何世代も続いて来た暗く淀んだ血筋のせい、と言ってしまえたら
いいんでしょうけど、結局本人の資質ですよね~。
幸せになろうと思えばなれるのに、なろうとしない。

とりあえず、はちゃめちゃな父上と連絡取り合わないのはグッジョブ!ですね。

2016/04/20 (Wed) 09:59 | EDIT | REPLY |   

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