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◆Jane Austen's House Museum

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HampshireはChawton村にある、[Jane Austen's House Museum]。
こちらは、19世紀を代表する英国女流作家のひとり、Jane Austenの実際に
住んでいた家を博物館として公開しています。

作家ジェイン・オースティンについては、くどくどしく説明するまでもない
でしょうから端折ります。
この家は裕福な親戚に養子に入った次兄の好意で、寡婦となった母と、
姉であり親友でもあったCassandraとが晩年を過ごしたところです。

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この家に移ったのは牧師であった父が引退して、亡くなった後。
ですから、この家も牧師館ではありません。
村のメインストリートに面していて、彼女たちが体面を保つにはギリギリと
いったところでしょうか。

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現在、入り口はこちらではなく、奥になります。

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この小さなダイニングの片隅で、ジェインは創作活動をしたそうです。

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窓からは通りを歩く人や馬車が見えたでしょう。

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本当に小さな、小さなコーヒーテーブル!
ここで小さな紙切れに小説を書きつけていた模様。
人が来た際に見られないよう、縫いさしの布なども用意していたそうです。

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ジェインたちも弾いたであろう年代の、スクエアピアノ。

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弾いてもいいって。
モーツァルトを弾いてみました。

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階上の部屋の壁紙。小鳥がかわいい~。←オースティンとは関係ない現代モノです

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ボビンレース。

部屋部屋は本当に小さくて、私の部屋の方が大きいくらい・・・。
ジェインとカサンドラは仲良し姉妹だったので、寝室も分け合ったのかも。

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これは屋敷の裏側。
かわいい薔薇!

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この屋敷の規模でも、少なくとも召使いは2人は雇っていたでしょう。
でも、洗濯機も冷蔵庫も掃除機もない、スーパーも雑貨屋も通販もない時代のこと。
何もかも、人手が必要。生活は慎ましく、勤勉に、静かに過ぎていかざるを
得なかったのではないかな?

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蕾がだいぶん上がってますが、満開まではまだ1~2週間あるかなぁ。

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裏庭の奥より。

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裏庭は美しく手入れされていました。
そのほとんどが、オールドローズ。

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Rosa Centifolia、"De Meaux"。

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Rosa Centifolia、"Petite de Hollande"。

咲いてなかったから、写真はこれだけだけど、薔薇に限らずオールドファッションドな
植物が多かったです。ジェインが生きていた頃、植えられていたに違いないものを
目指して庭を造り直したようです。

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ミュージアムの真向いに、とても感じがいいティールームがあります。

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レモンケーキと紅茶。
暑かったので私はテラス席でしたが、中の席もかわいかった~。

ここから歩いて5分ほどのところに、姉カサンドラと母が眠る教区教会があります。
(ジェイン自身は療養のため、Winchester滞在中に亡くなり現地の大聖堂で眠ることに)
ちょっと行ってみようかな?

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右手が教会、奥は現在、[Chawton House Library]だそうです。

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予約制とあったので、詳細は不明。
※上のリンクをたどってみると、1600-1830年に渡る女性作家を取り扱ってる模様。
 おもしろそ~!!
 屋敷自体は400年の歴史があり、Knight家が所有していたそうです。
 なんだ、屋敷も入れたんだ~。寄ればよかった・・・。

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屋敷の規模からすると、この地域の最有力者のお屋敷かな?

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さて、教会へ戻ると。

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教会をぐるりと囲んだ石塀の下、自然にできた小川かはたまた洪水の名残か
水流が。

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牧草地には羊が草を食む。

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墓地。
イギリスのどこにでもあるような、実に平均的な墓地。

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内陣の壁にほど近い辺りに、ありました。

左、母カサンドラの墓。
右は姉カサンドラ・エリザベスの墓。
姉は1845年に72歳で亡くなったようです。
ジェインの早すぎる死(1817年)から、28年後。
不満や愚痴が多くて扱いづらい母カサンドラが1827年に87歳で亡くなるまで
世話をして、それからほぼ20年後。

カサンドラはやさしい、『高慢と偏見』で言うと長女ジェインのような性格で
ジェイン自身は向こう気の強い、毒のあるジョークを飛ばす次女エリザベスの
ような性格だったと言われています。
やさしい性格の人は割を食うよね。。。

ミュージアムにはジェインが滞在先ウィンチェスターで亡くなり、その葬儀の様子を
姪(Fanny Knight)に伝える姉カサンドラの手紙がありました。
そこには大切な妹を失った悲しみを抑えた筆致で伝える理知的なカサンドラの
人となりが現れていましたよ。今読んでも涙を禁じ得ない、感動的な手紙でした。

   「・・・私は妹というかけがえのない宝、二度と得られない無二の親友を
   失ってしまいました。彼女は私の生涯の太陽であり、喜びの輝く源泉であり、
   あらゆる悲しみの慰めでありました。
   私は彼女に隠し事一つしようと思ったこともありません。
   まるで自分自身の一部が失われたようです。・・・」

   
妹に対する姉の思いというより、まるでお互いが切っても切れない、「魂の伴侶」
のような存在だったようです。
そのジェインが作成した死の直前2か月前の遺言書にはこう書いてありました。

  「私、ジェイン・オースティンが所有するすべてのものを、(葬祭料などを除く)
   最愛の姉、カサンドラ・エリザベスに遺す。
   兄ヘンリー、ビジョン夫人にそれぞれ50ポンドずつ速やかに遺贈されたし。
   以上のことを、わが最愛の姉を遺言執行人として任じる。
   ジェイン・オースティン記す」

   (1817年4月27日)←ジェインは同年7月18日に亡くなります

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教会の中は醜いヴィクトリア時代の改悪がされていて、見るべきものは
ほとんどなく・・・。

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珍しく、Triptych(三連祭壇画)があったなぁ。

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できるなら、カサンドラ(姉の方ね)と一緒に眠らせてあげたかったな~。
地縁もないウィンチェスター大聖堂に眠るより、ずっとずっといいのにね。

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