2015年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年11月

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♪水の都の音楽家

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ふふふふふ。
ついにやってきました、あのお方の日本ツアー!!
2年に一度なのです。
東京近辺ですと、この4公演。
わたくし、何か月も前より入手して楽しみにしておりました。

さて、早速10/21のトッパン・ホールから。

このホール、凸版印刷さんの本社ビル。
いわゆる、バブル期に流行ったメセナ的なホール?
400席ちょっとだし、ステージと客席は近い。音響も悪くない。
ただ、傾斜がフラットなので、前の席に座高の高いオッサンが座ったり
すると何も見えない・・・。

しかも、もう一つ言わせていただくと、飯田橋駅と江戸川橋駅の真ん中
辺りに位置して、すごーーーーく遠い!!
首都高の高架下を延々歩くので、夜は女性にはちょっと怖いくらい暗い。

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それはともかく、まずは夕食です。
江戸川橋駅で降りて、商店街の真ん中のマクロビ系の店で。
不愛想なおばちゃんさえ気にしなければ・・・まぁまぁ。

お腹を満たした後、暗い夜道を10分も歩くとホールです。
なんとかならんものか。←タクシーに乗りませう

会場は熱気でむんむん!
バロック系のコンサートは日本では珍しく男女比が逆転するんですよね。
今日日、どこへ行っても女性ばかり!!なのですが、バロックコンサートは
男性・・・というか、枯れた男性率が高い。笑
あと、ご夫婦。
それから、中高年の女性連れ。←天敵
今夜も悩まされましたわーー(--;
私の席の後ろの女性二人組、音楽を聞く姿勢がなってない。
何度も何度も脚を組み換えては、私のバックシートを蹴る。
がさごそがさごそ何かをいじる。モノを落とす。ふぅ。
挙句、咳を止められず、演奏中に外へ飛び出す・・・・。やれやれ。

当夜はいつもはバロック・ヴァイオリンのGC氏が、珍しくモダンで演奏。
フォルテピアノの女性はこれまで10年近く聞いた中では今夜が一番出来が
よかった。
なんか、一昨年までは「マエストロとその弟子」という力関係がすべてを
表していたけれど、今回は対等だった。
いつもはフォルテピアノの彼女が今夜はモダンピアノだったのもあるのかな?
フォルテピアノは難しいもんね・・・。特にGC氏みたいなカリスマと一緒だと
いろいろな意味で弱いというか。負けちゃうのよね。

で、私の苦手なモーツァルトとかストラヴィンスキー(もはや好きも嫌いも超越、
眼中にない作曲家)、シュニトケ(・・・)というなんだかよくわからないラインナップ。

感想は・・・。うーーーーーん。

やっぱり何かが違う。
むろん、楽しんだけど。
GC氏って、ソロよりアンサンブル派なんだと思う。
音楽って、一人でやるより、色々な人色々な楽器と合わせた方がずっと
面白くなる。彼はきっと音楽も好きだけど、人間も好きなんだと思うな。
「俺だけを見よ!」というタイプの演奏家は私は大の苦手なもので。

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恒例の演奏会後のサイン会。
地道な活動に頭が下がります・・・。

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アンコールに応えるGC氏。・・・はいいとして。
ピアノ嬢はたいへんだった~~!!
指が死んだと思いますよ。ヘロヘロってた。

さて、次は10/23。同じくトッパンホール。

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今度も江戸川橋駅で降りて、マクロビ系のデリの店へ。

とても美味しかったけれど、お店の女の人はものすごくいけずだったわ。
ツンツンしてて、客商売の人とも思われない。。。
居心地悪すぎ。

英気を養って、暗い夜道をトッパンホールへ。

今夜は勝手知ったる水の都の楽団と共演。
楽しみです♪

第一曲目はジェミニアーニ編曲のコレッリの[La Follia]。
これだーい好き。
ピアノ編曲で弾いたこともある。
23もの変奏曲+コーダで終盤は指がへろったっけ。

これはVBOのコンマス氏がソロを取ります。
手堅いけど、色気はあまりないんですよね。まじめな北イタリア人という
感じ。

イタリアって、大きく分けると二つの国。
ナポリを代表とする南部と、ミラノ~ヴェネチアを代表とする北部と。
これはもう、まったく別物です。
私たち日本人の多くは南部のイタリアをイタリアのイメージにしている。
けども。
実はそれは一面でしかない。

北部のイタリアは哀愁のある軽やかさ。
まじめさ、頑固さ、勤勉さはドイツ・スイス・オーストリアに近い北部的特性。
でも彼らのように暗さ一辺倒でも融通の利かないというわけでもなく・・・。

VBOって、私にとってはすごく和む。
前へ前へ出すぎる鬱陶しいラテン系ではなく、暗くて重くて眉間に皺!的
北ヨーロッパの禁欲系でもなく。実に絶妙な調和。

特に中低音部の支持力がすばらしいと思う。
リュートとチェンバロ、ビオラとチェロ、コントラバス、もちろん1stと2ndの
ヴァイオリンも、ソリストを引き立てつつ、縁の下の力持ち具合を
楽しんでる。いやいやだったり渋々だったり、じゃない。
チェロの二人とリュートのおぢさま、楽しそうだった~!
にこにこ微笑みあったり、ある瞬間には顔を見合わせてニヤリ、とか。
本番の時にマエストロが弾けちゃったり、練習より思いのほか良かったり、
練習とは違う想定外があったり。
やっぱり、舞台って瞬間芸術なのよね~~っ!
一回一回が貴重な経験なの。
二度とない、一期一会なのよ。演奏者にとっても、聴衆にとっても。
だからこそ、私はLIVEが好きです。

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この日のプログラムはBプログラム。
ヴィヴァルディとバッハのみ。
特にヴィヴァルディのヴァイオリン・コンチェルト ホ短調 RV277 《お気に入り》が
よかったな。
GC氏はけっこう日によって違う方(?)なのですが、これはけっこう渾身だった。

続くバッハは・・・うーん、私はGC氏とVBOはやっぱりオール・ヴェニス・プログラムの
方が合うと思うなぁ。バッハは、私も嫌いじゃないけど、軽妙さがねぇ。。。
曇天多めっちゅうか、うーん。

先日、私の後ろにいた中高年女性二人組、今度は隣の席でした・・・がくっ。
観劇のマナーがなってない人は来ない方がいいよ。

アンコールはこの日も大判振舞い。
チェンバロの女性、小柄なんだけど活力があって好印象。

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GC氏と♪
ほんと、お疲れ様です。
でもこういう一瞬をファンはとてもうれしく思うものなんですよね。
外国だと、楽屋へ押しかけるんでしょうけども。

さて、次は10/28。今度はうってかわって大都会、永田町の紀尾井ホールにて。
トッパン・ホールと同じくらい夜道を歩くのに、なぜかちっとも嫌じゃないのは
ホテル・ニュー・オータニやお濠や上智といった、良い雰囲気の土地柄を
歩くからでしょうか?笑

この夜は、前回とは違って、ヴィヴァルディの最初のコンチェルトがものすごく
荒れ荒れでした・・・なぜ?!
出だしからヤバかったけど、後半まで一貫して粗かった。。。
続くバッハも出だしこそ荒れ気味だったけど途中から落ち着いて来た。ほっ。

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この日のアンコール。
四季を弾くと会場が納得するよね。笑
これで、彼らの日本ツアーは終了。明後日からは韓国で2公演あるらしいです。

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サインの列はえらい長かった~。
お疲れ様です、マエストロよ。

帰り路、前を歩く一団を見ると、リュートのおぢさまとビオラのの女性陣
ではないですかっ。それに日本人関係者の方々。
[AUX BACCHANALES]のテラス席に吸い込まれていきましたよ。
いいなぁ。私も参加した~い!

ところで。
彼らの東京での公演は全部で4回ありました。
なのに、私は3回しか行ってません・・・。

実は。

    日付を勘違いして、1公演無駄にした!!

のでした。がっくし。_| ̄|○ il||li
次は2017年か~。
楽しみだけど、だいぶ先なのね~。(;´Д`)

| My life | 00:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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■Lavenham(2)

Long Melfordでエビだかカニだかを食いはぐれ、流れ流れてふたたび
Lavenhamに戻ってきましたー。

実は目を付けていたパブがもう一軒、あったのよね。うふ。

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Lady Streetにある[Number Ten]、右手の建物です。

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Tudor朝の始祖、Henry7世時代に遡る歴史のある建物らしいです。
ちょっとドキドキしつつ、予約がないけれど食事ができるかどうか尋ねると
中庭の外席で良ければOKとのこと。

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建物をくぐり抜けると、フツーの中庭スペース。
木製のテーブルと椅子があり、家族連れなどもいて、明るい感じです。
とりあえず、ポーションは大きそうな感じだったので、スターターを
2品注文することにしました。これが成功だった☆ ←野生の勘

飲み物のエルダーフラワープレッセと、カニとアボカドのマンゴー添えサラダ。
スイートチリソースが甘い。

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カニのマヨネーズ和えはカニと言われればカニ、ツナと言われればツナ。笑
昼のフレンチがお上品だったのに比べると、ずーーっと砕けたお店かな。

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もう一品はブラックタイガーのガーリックバターフライ。
フライというから、揚がってるかと思ったら、熱々のガーリックバターに
浸かってました。笑
付け合わせもお野菜たっぷりで満足。

食事も給仕もいいんですけど、外席の宿命、

    妖怪電話お化け&喫煙

のダブルパンチ。(><)
1人の女性が上記二つを兼ね備えてました。
連れの男性(犬付)がいるというのに、ずっとずーーっと携帯で大声で会話。
片手にはタバコ。
私の席からは3mくらい離れてましたが、煙い。うるさい。

もっと近くには小さな子供も含む家族連れも座ってるのに。
この家族連れが会話が乏しい(というか、ほとんど無言)ので、よけいに
彼女のやかましさ、礼儀知らずっぷりが強調されてました・・・。

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こちらはトイレの壁紙。笑
ピンナップ・ベイピー柄?
かわいいと言えばかわいい。この時代のお色気は下品じゃなくて
可憐な感じ?愛嬌がありますね。

さて、ご飯も食べたし、夜のLavenhmaでも散歩して帰るか~!

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21時前だというのにこの明るさ。さすがは夏。

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真ん中の家の窓、ひし形ですね・・・。こんな窓枠、売ってるの?!
床はどーなってるのかしら。

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こちらは閉まっていたアンティークショップのティーセット。
取っ手もない湯呑型ので、古い時代のものかな?
小さなお店だけど、なかなかすてきなアイテムが飾ってありました。
次回は絶対、訪れなきゃ。

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よく、こんな状態で保存されてますよねぇ。
これまでの住民たちの努力のたまものだなぁ。

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昔の家は天井が低い。
したがって、玄関扉も小さい。
悪魔除けの飾り物やドアノッカー、幸運のお守りなんかも玄関周りには
欠かせないアイテム。

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二階はストライプ~。

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おうちとおうちはこのようにくっついて支え合ってます。
思うに、歯並びといっしょで、たとえば一軒が取り壊されて、この並びから
欠けてしまったら、他の何軒にも悪い影響が出るのでしょうね。
一蓮托生、と言いますか。

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この家並は切っても切れない関係なのでしょう。

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しかし、すごいピンク。笑

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こちらは教会前の大きな駐車場の入り口にあったPub。
最近廃業したらしく、中は荒れ果てていました。

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"Master Thachers"って、なにか資格とか協会でもあるんでしょうかね。
日本の茅葺屋根職人も数が減って大変みたいだし、こういう技術職が
地元にたくさんあるといいでしょうけども。

さて、明日は少し遠出の予定です。

| UK_2015 | 00:27 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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■Long Melford(2)

さて、観光も終了したところで、【Melford Hall】より少し先にある
Long Melfordの町へ移動。
ここはアンティークショップがたくさんあると評判の町なので、少し楽しみに
していました。

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たまたま駐車したんだと思うんですけど、すごいグラデーション
じゃないですか?!諮ったような絶妙な色合い。似たような車種。

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こちらは家具などが多いと噂のアンティークセンター。
ま、時間が時間なだけに開いてはいないんですけどね。
それにしても。

ほんの数年前まで、たくさんあったというアンティークショップが皆目見当たりません。
ごくわずか、2軒くらい小さなショップは見かけましたが、うーーん・・・という感じ。
しかも救世軍やオクスファム的店もない。
けっこう長いハイストリートなんですが、信じられない思いで両側を端から
端まで歩いてみたんですけれども。

パブもなんだか垢抜けない上に騒々しいのが2軒ほどで、それとは別に
レストランがありましたが、そちらは何かのパーティで貸し切り状態でした。
サフォークのカニだかロブスターだかが解禁になった的ポスターを見て、
食べてみたいな~と思ったものの、ピンとくる店がなく。
なんとなく、うらぶれてる感じなんですよ。

仕方がないので、元来た道を辿ってLavenhamへ引き返すことに。

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途中、駐車して撮影。

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麦畑の彼方に教会が見えます。

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道路の両側が低い麦畑。
これって、イギリスの他の場所ではなかなか見かけない感じ。

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開けてる感じです。
普通だと、丘が連なり、ヘッジや石垣が道路の横には付き物で
見通しが悪いのがイギリスの道。
さすが、East Angliaだなぁ。

| UK_2015 | 00:45 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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◇Melford Hall(2)

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さて、【Melford Hall】の庭へ。

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Banqueting Houseの階段を上がり、少し高い目線から屋敷を臨んで。

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なんか、真ん中の塔の辺りなんて私の滞在しているB&Bと似てません?
それもそのはず、当初の所有者が同じくBury St.Edmundsの司教ですもんね。

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この煉瓦の積み方はオランダ積みかイギリス積み?
ところどころに黒い煉瓦で飾り模様を入れていますね。

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トピアリー。
謎の形だわ。

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壁沿いにボーダー。

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Banqueting Houseを振り返って。

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屋敷の正面にある池。

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美しい・・・。

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セージやサルビア、タイムなど、匂いのある植物が植えられていて、

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ぶんぶんぶん、ハチの唸る音が怖いほど。^^;

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すごくよく手入れされています。
まぁ、庭自体が小さいので管理がしやすいとも言うか。

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イチイ並木越しにBanqueting Houseを臨みつつ、屋敷を後にしました。
いや、見ごたえ十分でした。

| UK_2015 | 19:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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◇Melford Hall

さて、お待ちかね(?)のSuffolk州はLong Melfordにある【Melford Hall】。
こちら、現在はナショナルトラスト所有の物件です。

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写真はGate House。
ここをくぐって左手が駐車場となっています。
この建物は現在、NTのショップ兼トイレですが、往時は左右それぞれに
居住家族が居た模様。

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館へ続く道は本来はDeer Parkですが、現在は羊の放牧地。
黒羊ちゃんや白黒羊(ヤギ?)がのんびり草を食んでます。

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おお~っ。
見えて来たぞ。

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奥に見えるのはBanqueting House。
イチイの並木と壺がパースペクティヴ。

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真ん中が邸内への入口で、右が公開されている部分です。
こちらは1942年に火災が出てかなりのダメージをくらった方。
左側は現在も最後のオーナー一族である、第12代准男爵Hyde Parker家が
住んでいて、非公開です。

この屋敷と地所は元々はBury St.Edmundsの司教領でした。
1530年代のHenry8世の修道院解散により、その頃勃興してきた中産階級
であるWilliam Cordellが入手することになりました。
このWilliamの父親は付近の【Kentwell Hall】のClopton家の家令をしており、
彼は息子をそこで育て、息子はロンドンのLincoln's Innへ送られて
法律家の道を歩み始めます。
当時の階級上昇のルートとして、法律家になるというのは常套手段でした。
(貴族外の生まれで上昇しようと思ったら、法律家を目指すのが一番てっとり
早い出世コースです)

Williamはとても頭のいい子供だったのでしょう、あっという間に法曹界で頭角を
表します。
40にもならぬうちに、"Master of the Rolls"(法曹界のNo.3)になり、下院議員
にも選出されました。

また、彼はカトリック教徒でもあり、Mary1世のお気に入りでした。
女王は彼を騎士叙任し、国会の議長にも任じるほど。
また、その後のプロテスタントの女王であるElizabeth1世時代にも
尊敬される地位にとどまりました。

1578年夏、WilliamはElizabeth女王の訪問を受けます。
この際、庭のBanqueting Houseが歓待に使われたそうです。

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ここに女王はロンドンから金銀を持ち運び飾りました。
また、Williamも女王に金のカップやらダイアモンドの飾りの付いたエナメル
などを贈ったそうです。
女王を歓待するという途方もない費用負担ときたら!

ちなみにこの時、女王はフランス王の弟アンジューおよびアランソン公爵との
見合い話(?)のためにやって来た模様。
女王、御年45歳・・・。汗 現代だって中年相当(?)なのに、16世紀の
基準で言ったら老婆(汗)ですよ。
この屋敷はフランスの大使との会見に使われたそうです。

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扉が古めかしいですね。
ところで、アランソン公爵との実際の顔合わせはこの翌年に行なわれて、
エリザベス1世は彼に"frog"というあだ名をつけ、そのシンボル(?)
としてカエルのイヤリングを耳に付けさえしたそうです。
アランソン公爵は数年後に亡くなるので、この縁談は立ち消えました。
ちなみに彼はエリザベス1世より20歳以上若かったですよ・・・。<享年29歳

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こちらはこんな繋がりを強調するために、後の世に作られたステンドグラス。
たぶん、19世紀の作ではないでしょうかね?

さて、WilliamはSuffolkに土地を買い集め、社会的地位を盤石化するために
父親が勤めた主家であるClopton家の孫娘Maryと縁組します。
彼女はヨークシャーとリンカンシャーに広大な領地を持つ、女性相続人でした。

富を蓄積するだけではなくて、現在もVillage Greenに残るHospitalを建てましたが
結局、1581年に彼は嗣子なくして死去します。

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ジャコビアン朝のGreat Hall。

Williamの死後、屋敷は妹の孫Thomas Savageに引き継がれます。
1602年のことでした。
Thomasは裕福な女相続人(またか)のElizabeth Darcyと同年結婚。
続く28年間で、なんと19人もの子供を生み出しました!!
す、すご~~い!!(@@;
どんだけ丈夫なの・・・?!
しかも、この奥方、70歳まで生き延びるんですよ・・・。あ、あ、ありえない。

ともかく。
若旦那の方は、当時の国王James1世(スコットランドのメアリ女王の息子ですね)
にMelfordでとれたMuscatel grapeから作った甘口のワインを供出することで
お気に入りになり、また続くCharles1世時代には彼自身がカトリック教徒であった
ことなどから、王妃Henriettaの寵愛を得ます。
時代はカトリック教徒には優しくはなく、徐々に国王大権と議会の争いも深まり
きな臭くなるころ。

Thomasは増え続ける家族のため、屋敷を拡張する必要に迫られます。
なにせ、子供が19人もいたもんですから・・・!!
彼は1635年に亡くなりますが、彼の妻Elizabethは自身の権利でRivers女伯爵
となっていました。
大内乱が始まると彼女の地所はプロテスタントである議会派軍のターゲットと
なり、Melford Hallを始め各地所は破壊および強奪されます。

しぶとくElizabethは生き延びますが、1650年に彼女は負債のために逮捕され
債務者監獄に収監され、翌年死亡。
その息子、第2代Rivers伯爵Johnも同じく収監されていましたが、そこで
Melford Hallの権利を遠い親戚のRobert Codellに強制的に譲渡させられます。

Cordell→Savage→Cordellと戻ったわけですが、これも長くは続かず。
1704年、第3代准男爵Sir John Cordellが26歳の若さで落馬して死にます。
嗣子がなかったため、妹Margaretの嫁ぎ先Firebrace家へ移ります。
(このMargaret、当時としてもかなりの晩婚。5歳年下の夫と結婚したのは
彼女が35歳の時。唯一の跡継ぎCordellを出産して2年で死去)
このFirebrace家はロンドンのワイン醸造業者でした。

さて、このCordell坊やは母とは幼くして死別し、父親とも15歳の時に死別します。
肉親の縁が薄いですね。
このCordellくんはほとんどGeorge1世時代の人です。
彼が4歳の時にGeorge1世がハノーヴァーくんだりからやってきて、
Anne1世の後を継いで戴冠し、George2世が戴冠する直前に亡くなるので。

1737年、25歳の彼はBridget Eversと結婚します。
彼女は地元の女相続人で、相続資産は25,000ポンドもあり、なおかつ
美貌で有名な未亡人でした。
美貌と資産を持ったこの女性と、Cordellくんは恋愛で結ばれたようです。
少なくとも、彼の方は彼女を愛していた。

彼女の方も、財産を夫の屋敷の改築に惜しみなく注ぎました。
時代はGeorgean Style。
それまでのTudorの流れをくむ、古めかしい屋敷の建替が流行っていましたが
こちらの屋敷は窓ガラスを取り換えるとか、使わない古い翼棟を撤去するとか
新しいフレンチスタイル、ロココ様式のサロンなどをインストールするとかの変更
をしたようです。

彼は1759年に嗣子なくして、愛妻を残して亡くなりますが、その遺書には
何度も何度も、"my dear wife"と出てきます。
何もかもを「わが最愛の妻Bridgetに遺す」、と。

その後、何があったのかわかりませんが、3年後に妻Bridgetは再婚します。
1786年に彼女が亡くなると、Melford HallはSir Harry Parkerに売られました。
この一族が屋敷の最後の100年間の所有者になります。

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これはTravelling Mirrorです。50cm×50cmくらいのサイズ感。
鏡の上下左右で、五感の内の「嗅覚・聴覚・触覚・味覚」を表し、
真ん中の鏡が「視覚」を表すそうです。

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これは花の匂いを嗅ぐ・・・嗅覚の刺繍ですね。

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うーむ?
鳥や亀にエサをあげてるから、味覚か?
このスチュワート朝の女性の髪形やおとぼけの表情がかわいい。

話を戻して、新たなオーナーについて。
1786年にこちらを購入したSir Harry Parkerは成功した海軍軍人でした。
時代は風運急を告げるアメリカ独立戦争後およびフランス革命の直前。
イギリスではGeorge3世の時代です。首相はmy LoveのWilliam Pittさま。

フランス革命に続く、ナポレオン戦争時代まで、イギリス海軍は
一時代を築くわけです。

で、Sir Harryです。
彼の一族は海軍軍人を輩出した一家であり、長男の彼が第6代准男爵、
その弟は海軍提督Sir Hyde Parker2世となります。
父のSir Hyde Parker1世は第5代准男爵にして、副提督でした。
後に、長男の長男(つまり孫)とこの祖父は同じ海戦にて戦死を遂げます。
孫は15歳でした・・・。
海軍士官は10歳ちょっとで船に乗り始めるのが普通の時代ですが。
次男、三男が爵位と屋敷を順繰りに継ぎますが、彼らは跡継ぎを
遺さず、Sir Harryの弟の孫Sir William Parkerが第9代准男爵になり、
屋敷を継承して、その子孫が現代に至ります。

この第5代准男爵はアジアやインドでも戦い、拿捕した船のお宝を獲得。

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これはインドの細密な細工の箱。

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地図はイギリスでも最古と呼ばれる古地図。
その前に飾られているのはフィリピン製のキリスト像。

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1mくらいあるかなぁ。
経絡(ツボ?)や、血管みたいな筋があったりしてコワイ。
1915年にこの家に盗賊が入り、この像に飾られていたダイヤモンドやルビー、
エメラルドなども含めてごっそり盗まれたそうです・・・。

ちなみにこのSir Harryの弟というのが、Sir Hyde Parker2世というイケメンで
海軍提督です。
10代初めで海軍に入り、19歳で海軍大尉になります。
初期の軍務は父親の戦艦で過ごしました。

海軍に限らず、陸軍も教会もそうですが、イギリスはコネがものをいう社会。
有力な血縁・親族の引きがなければ何事も成せない時代でした。
海軍にコネがあるなら、海軍へ進む。それ以外に立身出世する道はありません。

いろいろ軍歴と軍功を重ね、彼は騎士に叙任され、最終的には1799年に
海軍提督へ昇り詰めます。
1801年にはかのHoratio Nelsonを副司令官として、コペンハーゲンの海戦
参加します。

Parker提督は慎重派、Nelsonくんは好戦派だったようです。
結局、この海戦はParkerの「攻撃停止」を無視したNelsonくんに
勝機が上がりました。
Parkerの提督位はこの戦いで子爵に叙爵されたNelsonに受け継がれました。
ちなみにこの方、最初の結婚で3人の息子を得、2番目の妻を迎えたのは
彼が61歳で新婦は18歳だったそうです・・・。

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大階段。

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左の壺の下にあるのは新しいヒーティングシステムの通気口。
このような通気口から出た暖められた空気が、館の暖房となりました。

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中国製のでっかい壺の上の獅子?

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紋章入りの陶磁器。

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角のある動物のスカル?
所有者であった3家系の、いずれの家紋でしょうね。

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Dining Room。
先々代准男爵夫人が、1942年の火事で焼け落ちた部屋を北欧スタイルで
改修しました。

このHyde Parker家(第10代准男爵)に嫁いだEthel LeechはBeatrix Potter
仲良しの従姉妹でした。
Potterはこの屋敷を何度も訪れたゲストで、屋敷には彼女専用の部屋まで
用意してありました。

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ダイニングテーブルにはPotterのネームプレートの複製画が。

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"誰の席?"

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"ここは私の席かな?"

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"ぼくはまたここ!"

・・・みたいな。これは子供たちは喜んだでしょうね~。
Potterは彼らの長女、Stephanieがお気に入りで、庭の池ではよく蛙の
スケッチをしていたそうです。
第二次世界大戦中、結婚後に空き家になっていた湖水地方のHill Top農場を
一家に提供さえしました。他の誰にもそんなこと、許しませんでした。

また、こちらの屋敷の暖炉などをモデルに"The Tailor of Gloucester"の
イラストもいくつか描かれたそうです。

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こちらは17世紀のフランドル絵画。

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この頃はヨーロッパがとても寒かったんですよね。
今でもオランダやベルギーの冬は厳しいですが、小氷河期とも言われたほど。
スケートをする様が描かれていますが、すご~い!
みんなかなり滑れる感じですね。

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こちらは、Drawing Roomでしょうか。

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ピアノやカードテーブル、刺繍台なども見えますね。
女性たちの部屋です。

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こちらは打って変わってマスキュリン、男性的な区画。

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イオニア式の柱は「なんちゃって大理石」な気がする。
Libraryです。
こちらの蔵書も名高いそうです。

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図書室の一番奥まった辺りはこのように、

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扉を閉めると、密室に。
知らなければどこから出入りするのかわかりませんね。

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Great Hallの窓には古い時代のステンドグラスのコラージュが。

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大陸から伝わったもののような感じ。
フランドルとかベルギーとか、あの辺のステンドグラスっぽい。

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Potterの専用私室。

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シンプルですね。

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これはたぶん、召使い等が使ったと思われる古い時代の螺旋階段。
Potterの部屋は塔の部屋です。

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比較的小さな屋敷ではありますが、けっこう見ごたえ十分。
ちょっと休憩して、庭へ!

| UK_2015 | 00:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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■Long Melford

Lavenhamでお腹がいっぱいになった後、そう遠くはないLong Melfordへ移動。
目的はナショナルトラストの【Melford Hall】ではあるものの、まずは教会詣で
しませんとね。

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Village Greenから町の中心の教会を臨んで。

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おお~っ。
ホリホックとあじさい、クレマチスが満開。

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家の脇の狭い花壇ですが、いいですね、大胆な植栽だわ。

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セイヨウアジサイは日本のそれより花付が密ですね。

ところで、Long Melfordには珍しく、至近距離にお屋敷が2軒!あるのですよ。
一つはNTの【Melford Hall】であり、もう一つは個人所有の【Kentwell Hall】。

中世の黒死病を乗り越え、小農民の反乱鎮圧により独立自営農民が増え、
この町は15世紀初頭には羊毛取引で栄えました。
この規模の町には不釣り合いなほど大きな教会(まるで大聖堂のような)も、
その当時の町の裕福さを物語っています。

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左が【Holy Trinity Church】、右手は【Trinity Hosipital(=Almshouse)】です。
後で出てくる【Melford Hall】は元々、Bury St.Edmundsの司教の所領でしたが、
Henry8世による修道院解散の後、Sir William Cordell (1522–1581) が領地を
獲得しました。彼はHenry8世の娘、Mary1世やElizabethの御代に最高裁判所長、
下院の議長など重職を歴任した人物です。
その彼が1573年に創建したのがこの救貧院。

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大きいねぇ。
本当に大聖堂みたい。

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エントランスへの小道はイチイのトピアリー。
どちらから風が吹いてくるのか、一目瞭然。

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【Holy Trinity Church】はPerpendicular Gothicスタイル。
現存の教会の創建は1467~1497年前後ですが、当然それ以前から教会は
ありました。サクソン時代やノルマン時代の建造物は一部を除いてすべて
残っていません。いっそ、清々しいほど。

さて、新しい教会のファウンダーは【Kentwell Hall】の所有者であり、富裕な商人で
あったJohn Clopton氏でした。
彼はイギリスを二つに分断した薔薇戦争時、ランカスター派のサポーターであったので
1462年にはOxford伯John de Vereと一緒に反逆罪でロンドン塔に幽閉の憂き身に。
しかし、Oxford伯は国王大逆罪で処刑されるものの、Clapton氏だけは生き延びます。
しぶといね。

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この教会には中世のステンドグラスがおどろくほど良い状態で残っています。

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わかりますかね?
真ん中左手の頭巾の女性、Norfolk公爵夫人Elizabeth de Mowbray。
これをモデルにJohn Tennielが『不思議の国のアリス』の赤のハートの女王を
描いたとか。

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ひし形の鉄枠の中の緑色のガラスもきれい。

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ヴィクトリアンのステンドグラスはきれいだけど深みがないように思えます。
それはやはり、信仰心の度合いも関係してるんじゃないですかね。
中世の人にとって、教会建築・装飾は精神の救済にとても近い作業だった
はずだから。

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中世女性は生え際の髪の毛と眉を剃り込むのがおしゃれ。
夜見たら怖くてちびりそう。(旦那が)

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ヴィクトリアンの改装(改悪?)で撤去されることの多い、教会内部の
墓碑。たーっくさん残ってます!(好物)

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アラバスターに彫られた「東方三博士の礼拝」。
1350年製で、この教会建造より130年も前のもの。
なんと驚いたことに、18世紀に教会床下から掘り出されたそうです。

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見事にナインペッタン(死語)のマリア様。。。
彫りに大陸の匂いを感じますわ。
左手に立っている助産婦さんの足元に牛が2頭いますね。。。
馬小屋じゃなかったっけ?乳母牛かしらん?

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墓碑の貴婦人ブラス。
衣装はきっと、一族の紋章を表しているものでしょう。

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最近、作り直したみたいにピカピカ☆
William de Cloptoneさんのお墓。
彼は1436年にHadleigh市のマーケットのためにギルドホールや土地を
与えました。
その貸料は毎年紅薔薇を一輪、彼の墓前に備える条件でした。
これは現在まで続き、今でも市長は毎年、薔薇を彼に捧げに来るそうです。
すごい条件ですね。。。
中世より延々と続いているのがこれまたイギリスらしいというか。

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ここはなんだったかな~?
小さく仕切られていて、礼拝堂のようでした。

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色がかすかに残ってますね。

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【Melford Hall】を建造した、Sir William Cordellのお墓。(右手)
1581年、死去。
見にくいですけど、4人の女性像で囲まれています。
彼女らは彼の実在の娘を表しているのではなくて、

   Prudence(慎重)
   Justice(正義)
   Fortitude(不屈)
   Temperance(節度)

を象徴しているそうです。彼のモットーだったのかもですね。

他に面白いものは~。
これ。

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真ん中がRoger Martynさん。
Long Melfordの郷士、1615年8月3日に88歳(なんと!)で亡くなったそうです。

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左手が後妻、右手が前妻。
それぞれの下には四角いブラスがあり、そこには子供たちの姿があります。

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後妻との子供は男4人、女2人。

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前妻は男女各2名ずつ。
遺産は長男・・・でしょうけど、あまりに彼が長生きしたものだからもしかしたら
孫息子に相続されたのかもですね~。←余計なお世話

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こちらは真ん中がRichard Martin氏。(おや?Rogerの血縁か?)
1624年3月8日、65歳で死去。

彼を挟んで左右の女性の足元には赤子のブラス。
左から最初の妻、2番目の妻、3番目の妻。

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赤ちゃんは包帯で四肢をぐるぐる巻きにするのがこの時代の育児法。

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幼くして亡くなった子供のようです。
洗礼用の衣装を着けています。

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左の女性(最初の妻?)の子供はもう2人。
左手の女児は手に骸骨を持っています。メメント・モリ。。。
彼女は両親よりも先に亡くなったようです。

3回結婚した男性は2回、妻を亡くしてるわけですね。
女性は出産時に命を落とすことが多い時代ですからね。死は生より身近。

思いがけず見どころたくさんで長居してしまいましたが、いよいよ
【Melford Hall】へ向かいます。

| UK_2015 | 19:42 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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■Lavenham

さて、Suffolk州はLavenham(ラヴェナム)へ行きました。

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写真後方に大き目のParkingがあります。
そこの真ん前に教会があり(時間がなくて割愛)、駐車場の入り口にはPub。
このPub"The Cook"は残念ながら閉店した模様。

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ハイストリートも脇道も川のようにクネクネ。
そして、家屋敷も・・・。

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車さえなければ、何時代かわからない景色。

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左手の建物(有名なHotel"The Swan")の一階は天井が二階と屋根の
重さで押し下がってますねー。こわっ。

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この辺の建物はいわゆる、Tudorスタイルで、大量の木材が建築資材でした。
中世の住宅建設ラッシュと、大航海時代の船の建造ラッシュで、イギリスの
森林資源は枯渇します。
大事に使って当然!!
森を食い尽くしたんですものね。

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このピンクは「Suffolk pink」と呼ばれる独特の色合い。

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古い家と新しい車のシュールな絵面!

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こちらは壁に斜かいが入ってませんね。内側にあるのかな?

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"Crooked House"(ねじけた家)だらけのこの村でも1、2を争うねじれぶり。
完全に上体をひねってますよね~。なんでこういう歪み方になるん~?

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真ん中は有名なTea Room。
お茶する余地がなかったですよ・・・。忙しくて。

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建物は歪んでるわ、坂道だわで、錯覚の嵐!

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ここはMarket Place。市が立ったところで、この町の中心広場です。

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広場も短時間用の駐車場になっていて、奥の大きな建物はナショナルトラストの
Lavenham Guildhall】。

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NT会員なので、覗いてみました。

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中はLavenhamの歴史や生活、羊毛についての説明など。

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裏庭はこぢんまりとしていて、

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こちらでお茶もできるみたいです。

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坪庭程度ですけどね。きれいでした。

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展示物は教育的な感じなので、小学生なんかの学外授業とかに使われそうです。
大人向けではなかったかなぁ。

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これもNT関連のなにか、だったかな?

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マーケットクロス?

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"Grannie's Attic"というブロカントショップ。
小さな小さなお店。期待したほどのものはなく退散。

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広場の家。

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正面の白い建物でランチ。右手は【Little Hall Museum】というミュージアム。

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フレンチ・レストラン"The Great House"。
3コースで24.50ポンド。2コースで19.50。私は2コースにしました。
高いっちゃ、高い。
でもつまらない店でもランチメニューは8.50~12.00は取るでしょ~。
美味しいものが食べたかったのでよし!!
同じ料理でも昼と夜とでは料金違うし。絶対、ランチの方が特よね。

グラスワインも頼んじゃうぞ。

天気が良かったので外席を選んだけど、失敗だったかもねぇ。。。
中庭、ではなくて、建物に囲まれた家の裏手、って感じのスペースだった。
室内の席はゴージャスな感じでしたよ。

しかし、皺ひとつないリネンのテーブルクロスが敷かれていて、ここがPubや
普通のイケてないレストランではないことが偲ばれます。笑

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どうでもいいですけど、この甲虫が飛びまくっててね・・・。
なんなんでしょうね?
Midgeじゃないし、蚊でもなく、小バエでもなく。
ギャルソン君に聞いても、フランスの子らしく(苦笑)「ワカリマセン」。
大きさは2~3mm程度。死番虫みたいな感じでした。
元々East Angliaは湿地帯だからかな~?暑いと出てくるっぽいです。

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個性的なお皿(皮模様?)に盛られて出てきたのは小さなホタテ。
"Isle of Man half shell Queenies"ですって。
これ、美味しかったな~~!!

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バターソースなんだけど、嫌みがなくてツルッと。

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メインはこちら。
"Belly Suffolk pork"。自分の好みからすると、もうちょっと焼いてほしい気も
するけど、全然OKでした!
付け合わせのジャガイモも美味かった~。
ベビーニンジンも全部食べちゃったわ。ニンジン嫌いだけど。笑

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食後にエスプレッソ頼んだら、プチフールが付いてきた♪
これまた大人の味で、大満足。
飲料代とチップと合わせて30なら、大満足の味でした。

また、「ここはフランスか?!」というサーヴィスもすてきでした。
フランスの男の子はイギリスのそれとは色気が違う気がする。。。フェロモン?

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さて、大満足の食後はお宝さがしへ!
"Timbers"なるアンティークセンター(小)がありまして。
間口は狭いけど、奥は長い!

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アンティークというよりブロカント系。
う~ん。。。

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瓶類は3本で15ポンドだって。たっか~!!
私は1つ3ポンド以下でないと買わないぞ。
しかもバラ売り不可ってのもなぁ。

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根付なのか、単なるカーヴィングなのか。
根付には痛い目に遭ったことがあるっけ。

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あら。

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かーわいい!

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しっかし、お値段がかわいくないっ!(><)
全体的に値段が高い。ロンドン価格に近いぜよ。
何も買わずに出てしまいました。観光地価格かなー。

| UK_2015 | 00:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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Lavenham factory shop

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日本では冬になると、こちらのジャケットが大流行りします。
かくいうワタクシもジャケットとジレと両方持ってます。
しかーし。
いかんせん、日本で買うとお高いのでね。
あんまり物欲はなかったけれど、せっかく近くに行くのだからとわざわざ
遠回りして、ファクトリーショップへ寄ったですよ。

すると・・・。

なんとなんと!!
ショップのみ別の場所へ移転する予定とのことで、2015年現在は営業
してないんだってー。(扉に張り紙があった) えーえーえー。
せっかく貴重な時間を使って回り道したのに。プンプン。(*`ε´*)ノ

こちらへお越しのご予定の方、お気を付けください。。。
HP見たけど、特に何もアナウンスなかったよ。不親切なり。

・・・と、ここまで書いて検索してみたら。
あれ?
2015/9/27付けで「Lavenhamの[Flash Sale]やってた!行ってきた!」という
blog発見。
うーん。
常設ではなく、臨時的にやってるということなんでしょうかね?
とりあえず、行く気がある場合は事前に問い合わせてみた方がいいかも。

| UK_2015 | 19:13 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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Bury St.Edmunds近くのお屋敷(2)

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さて、Bury St.Edmunds近くのお屋敷B&Bの続報。
見惚れますね~、この立派なタワーゲートときたら。

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私が泊まったのは黄色で囲んだ2階の一室。

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塔と母屋を繋ぐコリドール。
2階はライブラリーになっていて、タワーには例のへたうま壁画が
残されています。
ずっと昔はあちこちの壁が彩色されていたと思われます。

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こちらが朝食室。
大きな田舎式暖炉を真ん中にして、片側がサロン、もしくは居間。
反対側がこちらの食堂です。
たぶん、屋敷の大元はこの辺りのみの部屋だったでしょう。
炉を中心にした箱状の部屋が、屋敷の起源です。
ここから拡張して、プライベートな部屋や、機能ごとに分けられた部屋が
増築されていくのは後の時代じゃないかしら。

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フルーツ、ヨーグルト、シリアルは好きなだけ取れます。

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スイカだ~!!
どうせ、日本のと違って水っぽいか甘くないかでしょ?
・・・なんて、見くびってましたが意外と美味しかった。
ごめんなさい、イギリスのスイカよ。(輸入品かもだけど)

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この宿、雰囲気はステキなんですがいかんせん、マダムからしてものに
こだわらない(?)おおらかな宿。
ですから、きっと食事もね~。
期待するだけヤボだろ・・・と思っていましたが。
意外や意外、まっとうに美味しかったです。

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2日目は珍しくボイルドエッグを頼んだらエッグスタンドで出ました~。
イギリスの宿でも最近はなかなか乗って出てこないですよ。
エッグコゼーがかわいい。
豆はしっぱい。
例の、クタクタ煮豆だわ・・・。
缶詰ではないようですけども。

3日目は写真撮れず。パンケーキのみ頼みました。

とにかく、朝食でも各部屋の泊り客とコテージの連中、スタッフや近所の人?
なんかも入れ替わり現れては挨拶したり紹介し合ったりで、落ち着かない。笑
ゆっくりのんびりしたい派にはお勧めできない宿かも。

でもとても自由で、おおらかで、清潔で、広い宿です。
またいつか、泊まりたいな~。

| UK_2015 | 00:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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Bury St.Edmunds近くのお屋敷

Suffolk州にあるBury St.Edmundsほど近くにこの屋敷はあります。

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どうです?
見事なTower Gate Houseでしょ?

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引きで撮るとこんな感じです。

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タワーゲートと母屋の間は回廊で繋がれていて、

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上階には部屋が増築されています。

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珍しい建物ですよね。
そういえば、KentにあるSissinghust Gardenのタワーにも似てるかも。

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奥の部屋から塔の裏側と回廊を見るとこんな風。

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タワーゲートの前にはハーブガーデン、手前の門より外側は果樹園に
なってます。

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それなりに手入れされてますね。

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ラヴェンダーが美しく咲いてます。

こちらのお屋敷、実は。

            Bed & Breakfast

なのです!ひょえー。
しかも、そんなに高くない。カジュアルな宿です。

16世紀の古民家(<という規模じゃないけど)民宿。
どうです?
ワクワクするでしょ?

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私のお部屋は母屋の2階。

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床は傾いてギシギシ言いますが、広い!
明るい!照明はシャンデリアだけど、夜も暗くないです。
(イギリスのB&Bの場合、夜は書き物も覚束ないほど暗い部屋が多い。。。)

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4畳くらいのバスルーム。

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清潔だし、お湯もたっぷり出ましたよ~♪

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バスルームの壁の一部はこのようにわざと(?)露出してあって、
元の古い家の部分(ハーフテインバー製法の漆喰と木組みの壁)が
見えます。
現代はこういう壁面にボードを被せて覆うのが普通。

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こちらの宿のマダムはとーーーーっても有能でオープンマインドな、
すてきな女性。60前くらいかな~?
旦那様は法廷弁護士だとか。

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ここはB&Bとは別に、中長期用のホリデーコテージもあって。
そこに滞在中のロシア系アメリカ人の女性や、たまたま訪問してきた近所の
イギリス人女性なども交えてみんなでティータイム。

このロシア系アメリカ人女性(大学で教師をしているらしい)が自分の話ばかり
する人で、かなりウンザリ・・・。
30年前に沖縄にもいたことがある(どうも旦那さんがアメリカ軍の人みたい)とかで、
「日本人ってこう!!」みたいな決めつけと偏見をごり押しするんです。。。
「いや、それは違う・・・」と反論しても、こちらの主張は1割も聞いてくれず。(苦笑)

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適当に付き合って、居間へ避難。笑
ここもすてき~!

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とても大きな暖炉。
昔はここで料理をしたのでしょう。
今はストーブになってますね。

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宿のわんこ。名前は失念。
おとなしいの。かまってほしくてうろうろするんだけど。。。笑

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こちらでバイトしているという、近所に住むアメリカ人女性(旦那は近くの
米軍基地に勤めてるそうです)が、故国から遊びに来た友人女性と今夜は
B&Bに泊まるらしい。
30歳くらいかなぁ?
マルマルコロコロとした、いかにもアメリカの若い女子!という感じの二人。
今夜だけはそれぞれ、旦那と子供から離れてGirls nightを楽しむのよ!
だそうで、キッチンで飲み物を作ってみんなに振る舞ってくれました。

PIMM'Sのストロベリー。
へ~。
飲んだことないわ。

フレッシュな苺を刻み、ミントもたくさんピッチャーに入れて、PIMM'Sと
セブンアップで割るのかな?

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うーん、正直あまり美味しくない・・・笑
生臭い。

私はお酒は混ぜ物しないのが好き!かな。日本酒みたいな。。。

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この屋敷は元々、1530年頃にBury St Edmundsの司教が建てたものの
ようです。
有力な牧畜家であったSir John Croftesが修道院解散令後、497ポンド
ぽっきりで地所と屋敷を手に入れました。
1840年に埋め立てられるまで、屋敷は濠で囲まれていました。
今は芝で覆われて痕跡もありませんけれど。

タワーの中の部屋には"Four Ages of Man"と呼ばれる壁画が残っていて、

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まー、なんて下手な絵だこと!!
大好物!笑

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ちょうちんブルマー・・・。時代を感じさせるファッションです。
鷹や鷲を用いた狩り。ワンコが回収してくる役ですね。

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獲物のウサギが・・・Hareにしたってでかすぎやろ!
今も昔も自分の獲物を実際より大きく見せたいんでしょうか。
色も塗ってありますね。

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それにしても下手すぎる・・・笑 ←褒めてます

中途半端に上手な絵より、破壊力のある下手絵が好きです。
プリミティヴっちゅーかね。
うちの母の絵も、暴力的なパンチ力がありますヨ。
下手な人が描く世界って、たくまざる笑いの世界なのよね。

| UK_2015 | 00:16 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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