◆Packwood House(3)

長々と続く、【Packwood House】シリーズのラスト。
ようやく、お庭です!

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建物の裏手。
このごみごみ感、好きです・・・。

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建物を背にして右手。
あの門を越えると池があります。

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アリウム・ギガンチューム越しに。

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壁に這った薔薇はやはり、守られてるからか。
よそよりよく咲いていました。

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サーモンピンクとクリームイエローのER、"Phyllis Bride"。

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薔薇って、咲く前の蕾の形、咲き初めの形、満開の形、散る前の形、実の
色や形・・・と奥深いもんなのですが、残念ながらこの薔薇は散る前の形が
私の趣味じゃないー。
だらしない感じなのよね・・・。
だらっと開ききって、だらっと散るのは嫌い。

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これは、ダッチハニーサックルかなぁ?
ものすごい、肉厚の花でした。
まるで多肉植物のような・・・。
(蕾なんて、色づき始めたバナナみたいよ)

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池へのゲートの辺りに咲いているのは"Alchymist" 。シュラブ系。

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これもものすごい肉厚。
散り際はPhyllis Brideと違って美しいけど、今一つ好きじゃないのよね。

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建物を背にして真正面。
天気わるーっ(--;
奥はトピアリーが乱立してるんですけど、そこへは階段を10段ほど登ります。

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アリウム・ギガンチュームの合間に生えているのは、日本の河川敷や
野原でよく見かける野草。

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すごいなぁ。
みっしり。

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屋敷を振り返って。
菖蒲がきれい。

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奥のトピアリー庭園へと続く、半円形の階段。

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ユニコーンはきっと、この家のシンボル獣なのね。

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階段と同レベルにシックなボーダーが。
奥はサマーハウスだったかな。

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黒いのはアエオニウム、別名"黒法師"。
日本ではもっぱら、おじい園芸家が好むアイテム。笑
イギリス人はこれ、大好きなんですよね。不思議。
黄色いのはへメロカリスの一種だと思われ。

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階段てっぺんから振り返って屋敷を望むとこうなります。
紫色のボーダーがすてきね。

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ツゲで四角く仕切られた場所はSunken garden。
真ん中に蓮池がある模様。
ここは入れないのです。
右手にはボックスに区切られた花壇。
何が植わっているのかはちょっと遠くてよく見えませんでした。

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18世紀に造園されたトピアリー群。
ここは奥へ行くにつれて、なだらかな丘になっています。

コンセプトとしては『山上の垂訓』(Sermon on the Mount)を表現している
そうです。
キリスト教で一番有名な、キリストの説法じゃないでしょうかね?
例の、「~~なる者は幸いだ、~~だからだ」式の。

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というわけで、これらは「きのこの山」ではなく、キリストのありがたい
お話を聞く、善男善女を表しているのです。

てっぺん(=キリスト)にたどり着くには、螺旋を描いた小山をくるりと
回ります。
キリストの目から見た、トピアリーとお屋敷。

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面白いアイデアだと思います。

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これはAsh氏が母上の思い出のために付け足した門だそう。
18世紀の錬鉄製かな。すてきですよね。

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最初に見た、右手の池へ続く門を逆サイドから見て。

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デカイ…。

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群衆トピアリーとシジュカラガンの一群の対比が面白い。

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屋敷を裏手にぐるっと回って。
藤が最盛期!

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きれい。

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ここはAsh氏が増築した部分かな。

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奥の壁沿いには大ぶりなピンク色の薔薇。
いい香りがします。

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"Mme Grégoire Staechelin"。
ERです。
これほど大きい花は日本の庭じゃちょっと・・・笑
赤ん坊の頭くらい、ありそう。

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泉の跡地?

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こちらはキッチン・ガーデンです。

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うう、好きだわ。芍薬の蕾。

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白にほのかな桃色。美しい。。。

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ヴィクトリアンな感じのガラスウォーマー。
一個欲しい。。。

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寒くなったのでカフェでランチ。
このビーフシチュー、まさに肉じゃがの味!!
温まりました。ほっこり。

◆Packwood House(2)

Packwood House】の続き。

庭の前に、内部見学で見かけた気になるあれこれをご紹介。
まずはstained glassシリーズ。

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[Hall]の大窓。1階~2階ぶち抜きの高さです。

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王家の紋章。←マンガじゃないですよ(笑

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ん~。
ガーター騎士団(Knight of the Garter)のmotto(Honi soit mal y pense)が
見える・・・。
誰の紋章でしょうね。
たぶん、Baron Ash氏がどこぞの競売で購入してきてインストールしたもの。

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同上。

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[The Parlour]の窓。
聖書の一場面を表していますね。
Grisaille stained glass、モノクローム仕立て。
色ガラスでギトギトなのより、私はこちらの方が好み。

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外の天気が今一つなので、美しさも半減。

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これも聖書の一場面かと。

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[The Long Gallery]のもの。
「楽園追放」の場面。
イヴの腹筋がすごい。
神が「カトリックの法王」風なのもいかがなものかしら。

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帆船。

続いて、[The Great Hall]のガラス。

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こ、これは・・・!
日本人なら、100人中100人が

        蚊取り線香だっ!!(@@;

と思うハズ。笑
これはAsh氏が発注した新しいステンドグラスシリーズのようです。

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これはどこのだったかなぁー。
1613年の年号が見えますね。文字からするとドイツ語圏のもの。

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たぶん、上と同じものの一対。
もはや、コラージュのようになってますね。^^;
色々な年代のガラスが埋め込まれてパッチワークみたいになってる。

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隅っこの枠にはフルートを吹く天使。

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1598年と銘のある、騎士像。
ドイツ語っぽい気がするけど、どうでしょう?

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1723年。
これもウムラウトがあるし、ドイツ語っぽい。
文頭が "Ich hoon..."とあるし?

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[The Dining Room]のもの。
たぶん、聖人を描いたもの。

館の持ち主Ash氏は有り余る資産を用いて、近隣の古屋敷から、
あるいはサザビーズ、あるいは外国から、「時代のあるもの」を
購入して、屋敷を飾ることに精魂を傾けていました。

※この屋敷は元々は豪農の屋敷。
300年くらい一族で所有したものですが、貴族ではないわけです。
(Yeoman→Barrister→地元の代議士という出世コースは歩むものの)
由緒正しき身分というわけではないので、当然ながら紋章やら先祖の
肖像画やらはありません。

次は絵画部門。
こちらもAsh氏があちこちで集めて来たコレクションと思われます。

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ヘンリー8世。

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「花輪を持つ少女」

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フランドル風な感じ。
こんなに幼げなのに、薬指に指輪が。婚約中?
おばちゃん、見逃がしませんことよ?(キリッ)

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キャンバスに描くのではなく、板に直接描いています。
これは衣装からもかなり、古そう。

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エドワード6世じゃないかと思うんですけど。

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スコットランドのメアリー女王。

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この絵もイギリス風ではないですね。
胸元のレースやヘアスタイルも、どことなく大陸風。

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1588年の銘のある、鉄製の火の粉除け。

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フランドル風のタペストリー。

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17世紀頃のsedan chair(椅子かご)。

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中の人形(等身大)もドレスも、昔のものです。
こ、こわい・・・!!

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こちらは18世紀のファッションドール。体長40cmくらい。
足元のアフリカ人の人形はドールハウス用?かなぁ。

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spinet。
小型のチェンバロです。

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サイドには鍵の鎖が。

そうそう。昔の楽器って、鍵付きなんですよね。
うちにあった昔のピアノも鍵が付いていたけど、最近のピアノにはよほど
高級楽器でもない限り、鍵なんて付いていません。

というわけで、次はいよいよお庭!に参りたいと思います。^^;

◆Packwood House

Birminghamの南にある【Packwood House】。

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ものすごく天気が悪いですね・・・。
庭見物には不向きな。

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この屋敷はYeoman(豪農)であったJohn Fetherstonが1556年頃に
建てたfarmhouseを前身にしています。
元々はその当時の主流であった、ハーフティンバー様式の農家だったらしい。

それから紆余曲折あり、1870年頃にFetherston家の血が途絶えたのち、
一人別の所有者を経て、1905年にバーミンガムの産業家Alfred Ashの手に
渡ります。
これは当時16歳にもならなかった彼の息子、 Graham Baron Ash
強い希望によるそうです。

彼は、いわゆる、マニアでした。。。

彼はヴィクトリア様式、ジョージ様式を激しく嫌悪していて、チューダー様式の
愛好家でした。そんな彼にとって、Packwoodはうってつけの物件。
ただ、屋敷は当然ながら様々な時代を経て、いろいろな付け足しがされていました。
彼はそれを一つ一つ吟味し、精査し、屋敷からヴィクトリア様式などを除いていき、
なおかつ、時代のあった家具や絵画などを積極的に買付け、増やしていきます。

ここは、彼の宝石箱。コレクションルーム。夢の体現。
これに飽き足らず、彼は納屋を改造して、中世の屋敷に必要なGreat Hallや
エリザベス1世様式の特徴であるLong Galleryも作り足してしまいます。

熱烈なShakespeareanでもあった彼は、庭で毎年野外劇や音楽会も
行ったりしたそうです。

金と力を持った、ヲタクだったわけですね・・・。

そしてまた、彼は変人ではあったものの、礼儀正しくて善良なホスト役でも
あったそうです。
ただし、客が短期間で帰るならば・・・の限定付きで。笑

彼は無秩序が許せない人で、ゲストが居間に読みかけの本をポイッと
置いていったら、数分後には捨ててしまうような人だったとか。

第二次世界大戦により、彼も屋敷の人手を減らさざるを得なくなり、
その結果、この屋敷には手を入れる部分がなくなってしまいます。

彼は次第にSuffolkにある濠付きの城へ興味を移します。
そこで、1941年、彼は地所と屋敷、家具やコレクションすべてを含み
ナショナルトラストへ寄贈することにします。

条件はすべて、そのまま保存するということ。
彼が配置を決めたまま、プリザーブドフラワーのように保存するように。

この気前のいい寄贈は、Ash家のmotto、

   ”我々のためではなく、皆のために”
     Nonnobis sed ominibus

を体現した出来事と言えるかも。

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藤が満開。

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こちらの切妻建物はオランダ式っぽいですね。

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ここが屋敷へのエントランスです。
この紳士、いにしえのイギリス人っぽいなぁ。

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ところで、入り口わきのこの巨大植物。
何だかわかります?
3~4mはあろうかという樹勢。

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〔Echium pininana〕と言います。
カナリア諸島原産なので、よくもまぁ・・・。
こんな冷涼な気候で冬を越せますね?
※調べると、今ではMidlandsでもYorkshireでも生育可能とか!すごい。

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[Hall]

こちらはHallです。Greatではなく、ただのHall。
二階まで吹き抜け仕立て。
窓がとても大きいです。

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[The Parlour]

Jacobeanスタイルのオークパネルの壁。
Mullioned-and-transomed window。

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フラワーアレンジメントがきれいだなぁ~と。。。笑

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[The Long Gallery]

これもヲタクおぢさまが拡張した部分です。
1931年に先ほどのHallと、奥に増築したGreat Hallを繋ぐ廊下を作成。

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お約束のへたうまカーヴィング。
アルカイック・スマイルじゃない?

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このイス、映ってないけど脚はウォルナットでピッカピカ。
17世紀のもの。椅子のカバーはイギリスのフレームステッチ。

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[The Great Hall]

段差があります。
ここは元・牛小屋兼納屋。
Ash氏により、1924年増築。
床はダンス用にクッションの効いた床材にされています。
上の方にはたくさんのHatchment(葬儀の際に掲げる紋章)が
掲げられています。

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ここにいたガイドのおばちゃんの娘さんが日本に行ったことがあるそうで
最近、日本はどうなのー?と話しかけられる。。。

この部屋の秘密。
実はセントラルヒーティングが当時からちゃんと設置されていて、
この空漠たる大空間もちっとも寒くなかったんですって。

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[The Bath Room]

二階へ上がってすぐの、バスルーム。紳士向け、っぽい。

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デルフトタイル、すてきだけど冬はちょっと寒々しいかも・・・。

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心配ご無用!とばかりに、バスルームにも暖炉があります。
暖炉の周りをタイルで飾るのって好き。

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バスタブの周りのタイル。
これ見ながらお風呂に入ったら、ゆっくり浸かれそう。

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余白の美、っていうか。白い部分、多いなー。

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本当に面白い。
釣りしてたり、跪いたり、喧嘩したり。

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天使、殺人事件発見!

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これは何かに乗ってるのか?

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あ。シャワーヘッドがない。
使いにくいけど、いまだに「これ式」のお風呂の家、イギリスには
ありますよねぇ。
この類のお風呂のB&Bに泊まったら、宿の人に大き目のピッチャーを
借りるのをお忘れなく。出ないとシャンプーとか、永遠にゆすげませんよ~!

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[The Ireton Bedroom]

イギリス内乱時代に、議会派の将軍Henry Iretonがこちらでお休みに
なったそうです。

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さっきのバスルームの隣ですが、もちろん、Ireton氏の時代はバスルームなど
ありませぬ。笑

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この手仕事、ニードルワーク。
こういう技術、昔のイギリス人は持っていたのにね。
今じゃ、見る影もない・・・。

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この部屋の暖炉もタイル。こちらのタイルは赤色系。

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[Queen Mary's Room]

こちらはスコットランドのメアリ女王・・・ではなくて、George5世妃、
Mary of Teckが1927年にお泊りになったそうです。

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ベッドのそばには人形用のマホガニーのテーブルセット。
メアリー王妃はWindsor Castleの「メアリー女王のドールハウス」でも
有名なように、ミニチュア好き。
このセットは人形と言っても、ジュモーなどの抱き人形サイズかな。
ちょっと大きめ。

なんでも欲しがるメアリ王妃~♪で有名な、彼女のこと。
これ、欲しがらなかったのかしら・・・。
貴重品は王妃の目から隠せ!が、その頃の貴族の合言葉だったとか。^^;

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明らかに中国ですね。
中国人と日本人には違いがわかるハズ。笑

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窓からはすてきな庭が見下ろせます。

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往時はもっと色鮮やかだったでしょう。
わたし的にはこれくらいのくすみがあった方が好みですが。

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[Queen Margaret's Room]

Henry6世妃、Margaret of Anjouが1471年「テュークスベリーの戦い」の前に、
お休みになったベッドがこの部屋の名前の由来です。
ベッドリネンやキャノピーはもっと後年のもの。

1927年にAsh氏が【Owlpen Manor】(←数年前に行きました)の売り立てで
購入したものです。

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じゅうぶん、埃臭い・・・いえ、古びています。笑

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この辺もすべて、チャイニーズかと。

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色ガラス越しに庭を見下ろす。
うーん、すてき。

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[The Study]
階下へ降りますと、書斎。本がないけど・・・書斎です!
壁はJacobeanスタイル。こちらはオリジナルです。

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[ The Inner Hall]

ここは古い時代の農家っぽさを色濃く残してますね。
オリジナルの玄関ホールでした。
エドワード時代のパネルを取り除くと、オリジナルのハーフティンバー様式が
出て来たそうです。

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[The Drawing Room]

1690年製スピネットが置いてあり、傍らのテーブルにはガラスケースに入った
ティーセット。
メアリ王妃が召し上がった茶器だそうです。。。
(なんだか、ロックバンドのファンが彼らが吸ったタバコの吸い殻さえも宝物として保存するのに似てるなぁ)

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[The Dining Room]

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暗い。
暗すぎるっ

もっと光を・・・! by ゲーテ

◇Saint Mary's Church in Tenbury Wells

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狐につままれたように、記憶をなくしているわたくし。
はたして、いったいぜんたいこの教会へは何用あって訪れたんでしょう?
覚えてないんです、まったく。

若年性アルツハイマーかもしらん。。。(--;

寄った理由は思い出せないものの、中は結構覚えています。

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中世の騎士さまの墓像。

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へのへのもへじ、みたいな顔。笑

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こちらさまは16世紀のThomas Acton とその妻Maryの墓。
Acton一族はこの近くの【Sutton Park】に住んでいたそうです。

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むっくり立ち上がりそうで怖い。

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台座には彼らの娘と思われる幼女の像。

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足元には、・・・イノシシ?野豚?Vernon家のマスコット。同家と繋がり?

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夫妻の像はリアルに彫ってあるのに、イノシシはヘタウマ。なぜ?

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碑文によると、トーマス・アクトンは1546年に、妻メアリーは1564年に
亡くなります。
彼らの二人の息子、ランスロットとゲイブリエルは幼時に亡くなります。
また、13歳でSir Thomas Lucy(Charlecoteの人)と結婚した一人娘
Joyceは両親への思い出のために1581年にこの碑文をささげたそうです。

  ※ちなみにこの女子遺産相続人ジョイス嬢は莫大な持参金付きで
  ルーシー家に嫁ぎ、古い館を壊して新しくCharlecoteを建築する
  資金の元手を夫に与えたそうな。
  1572年、その新築あいなった屋敷にてエリザベス1世陛下をお迎えした。

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内陣の柱の横に金色のプレート。

    1886年
    テムズ川の氾濫により、土手を超えて
    この矢印まで水が溢れた


そうです。
教会の裏はすぐ川です。
この洪水で受けたダメージのため、19世紀に大規模な修復が行われたみたい。

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これまた中世の騎士さま。
注意書きによると、騎士が遠方で亡くなった場合(たとえば十字軍遠征とか)、
心臓だけを故郷に持って帰り、埋葬したそうです。
これもそれを表しているのではないか、とのこと。

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こわい話だ。

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これはAnglo Saxon Crossの一部だそうです。
紀元前のもの?

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ケルト模様?

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これは教会が建てられる前、人々が伝道で集まる場所に建てられた
十字架の土台で、1100年前のものだそうです。

2015年、夏・・・!

今年のイギリス旅行は、Virgin Atlanticのおかげでいろいろ
トチ狂ってしまいました。

それと言うのも、2015/2/1をもって【ロンドン-東京】路線が終了するからです!

むきーっ

私は紆余曲折を経て、BAからVS(ヴァージン)をメインの航空会社に変えて
毎年ちまちまとマイルを貯めてきたのです。
2015年もマイレージの特典で往復しようと思ってました。

な・の・に。

突然の東京線、終了。ちーん。

これはつまり、ヴァージンが羽田線に割り込められなかったせいでしょう。
いま、徐々に欧米向けのメインの航空会社は羽田利用になってます。
たぶん、ヴァージンは羽田使用の枠を取れなかった。
成田発着より、羽田の方が当然人気が出る。
集客力が低くなるわ、成田の空港利用料は高いわ・・・

     やってられるか!byブランソン会長(たぶん)

っちゅーことではないかと。

とにかく、VSで持ってるこの先使える見込みがあるのかないのか
よくわからないマイレージを使ってしまわねば。(約7万マイル)

本当はVSで「東京ーロンドン」の特典航空券を使うべきです。
それなら、45000マイルくらいじゃなかったかな。
でも、提携航空会社のANAを利用すると、65000マイルも必要なんですよ。
ぷんすか~!

でも、仕方がない。
2/1でVS便はラストなんだもん。
それ以降、となるとANAでしか行けないじゃん。

で、特典利用の空き枠を調べてもらうと、これがまぁ、いいところが全然
取れない!さすが、ANA!

本当は仕事の都合や、イギリスの季節のいいところなんかを考えると
最高なのは6月の前半か中旬出発なんだけど、とても空きがありません。

しょうがないので、とりあえず7/9(木)から7/24(金)の便を押える。
羽田発だ・・・!
わー。
え、しかもロンドンではターミナル2着?
2なんて降りたことなくてよ、あたくし。

予約は去年末だったので、燃油サーチャージがまだ高いまま。
ゆ、許せない・・・!
(4月以降の発券なら最低でも1万円は下がるハズ)

でもまぁ、取れただけ良しとする。

問題はイギリスのガキンチョどもの夏休みと被るかもしれないこと。

わたくし、人ごみ及び、躾けのなってないガキ、いえお子様方の
超音波ヴォイスが何より苦手。
一人二人ならOKだけど、集団となるとちょっと・・・。

それでじっと行き先を考える。
最初は、Yorkに寄りたかったので、ノース・ヨークシャーからヨークシャーデール
横断旅にしようと思案する。
久しぶりに湖水地方にも行ってみたいなぁと考えたものの、オンシーズンの
湖水なんてヤバそうだ。

しかも、この候補地の辺り、すてきな宿があまりに少ない。少なすぎる!
うらぶれた宿には泊まりたくなーい!

そこで、次に考えたのは大好きな北ウェールズ。
スノードニア辺り。
しかし、待てよ。
ここ、ハーフタームの時にいたことがあるけど、激混みだった・・・!!
ダメダメダメッ

そこで、あっさりとヨークはあきらめる。
ヨークをあきらめると、選択肢は広くなる。

その前に、ロンドン在住の某嬢二人に声をかけてみる。

    ね、コーンウォールに行きたいって言ってなかった・・・?

二人からは二つ返事で「行くー!」と。

学校の休みはどうも、7月の20日以降が多そうだし、ま、なんとかなるでしょ。
うん、きっと。なんとかなるよ・・・!(と信じよう)

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6月でもめちゃ混みだったなぁー。(St.Ives)

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大丈夫かね。(Men An Tor)

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でもあなた(Jago)に会いたいわん。(TruroのB&B猫)

◆Westbury Court Garden(4)

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しつこく、【Westbury Court Garden】の続き。

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Water gardenですから、水辺がメインだけど、周囲にはなかなか
面白いものもありました。

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Parterre花壇の手前には果樹園。
ここの樹木は、山査子(さんざし)。

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ちょうど満開でした。

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山査子はバラ科です。
見てお分かりのように、梨や桜もバラ科なのでそっくりですね。

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復元された花壇。

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コンパクトですが、手入れは大変。

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ここはキッチン・ガーデン。
フランス風に言えば、ポタジェ(Potager)。

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アーティチョークやフェネル、ルバーブなんかが植えられています。

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スグリも生ってた。

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庭の囲い地の外には毛刈りされた、寒々しいコたち。

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庭の一番奥には大きな大きな樹が鎮座しています。

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ちょっとこの迫力、写真ではとてもわかりにくいですよね?
周りに人がいれば、その巨大さもわかろうってもんですけど、このお庭、
基本的に人気がなく。。。^^;

この樹はなんと樹齢400年の常盤樫(Holm Oak)です。
1580年には存在を確認できたそうです。

ただ、不思議なことにこの樹、前述のKipの版画には載ってないのです。
ま、絵の作成当時は幼木であった可能性もありますけどね・・・。
ものすごく不思議です。

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不思議と言えば、庭の片隅にウサギ小屋がありまして。
このようにかわいらしい、何も考えていなさそーな(笑)うさぎちゃんが
2、3羽飼われていまして。その説明書きによると。

    今日、Rabbits(アナウサギ)は農業における災厄とみなされている。
    ※古英語ではアナウサギはConeys、彼らの中の赤ん坊のみRabbitsと呼ばれた
    そして、彼らがイギリスに古来より生息したものではないということは
    あっさりと忘れ去られている。

    食料と毛皮を使うために、ノルマン人がイベリア半島より連れて来た。
    (もしくはローマ人がという人もいる)

    当初、アナウサギは捕食者や略奪者に備えて、大事にされ守られた。
    corney garthやconeyriesと呼ばれた壁で囲まれた場所、もしくは
    濠で囲まれ、pillow moundと呼ばれた飼育所で飼われた。

    アナウサギたちは専門のウサギ飼い(warrener)と呼ばれる人間に
    大事に育てられた。

    食事に対する価値のある追加として、アナウサギを飼う権利は領主の
    特権であった。
    逃亡ウサギは18世紀の農業改革後に野生で生きのびた。
    それは冬場に彼らが食べることができるエサが利用できるようになったからだ。

    普通の人がアナウサギを狩ったり殺したりすることが合法となったのは
    19世紀も半ば以降だった。

    ここに復元されたアナウサギ飼育小屋は1700年代のWestburyのそれの
    1/7のサイズのものである。
    オリジナルの小屋は現在のサマーハウスとWalled Gardenの正面にあった。
    三方をT運河の水で囲まれ、残りの一方は物理的な障壁でまもられていた。
    
    1715年にMaynard2世によって庭が改築された際、アナウサギ小屋は撤去され
    サマーハウスとWalled Gardenを付け足した。

ふーむ。
なるほど。
まず、アナウサギ(rabbit)と野ウサギ(hare)はまったく別物と考えなければ
ならないですね。ここの図はわかりやすいカモ。
Hareはデカイ。ワラビーかカンガルーみたいな感じ。
Rabbitはハムスターかリス、あるいは猫っぽい。丸い感じ。
どちらが美味しいか。
一目瞭然な気がする・・・笑

150104-4.jpg

さて、そろそろこの庭園を引き上げましょう。
引き上げる前に、屋敷があった以前(13世紀終わり頃)からある
【Church of St Peter and St Paul】へ。

150104-5.jpg

ステンドグラスは新しいね。

150104.jpg

こちらは洗礼盤。
おおもとはノルマンのシンプルなものだったと推察されますが、
土台にのちの時代の彫刻が彫り込まれています。

150104-2.jpg

coats of armsだ~。

150104-3.jpg

1583年とあります。
さて、だーれだ?
もちろん、Elizabeth1世時代です。(キッパリ)

この教会、十字軍戦士のダブルクロスがポーチに彫ってあったりするらしいです。
見逃しました。。。

150104-7.jpg

外へ出て恒例の(?)墓石watch。
地方の石工って、決まった人しかいないだろうから、墓石のデコレーションを
眺めると「あ、これは同じ人が彫ったな・・・」というのも見えてきます。

150104-6.jpg

1686年に亡くなった方の墓石。
330年前かぁ~。
日本の墓石より、外国の墓碑は字が残ってるのはアルファベットのせいかしら。
漢字は削れてしまうと読みにくいものね。

というわけで、このプロパティはこれで終わります。
長かったなー。

◆Westbury Court Garden(3)

ああ・・・・・・・・・!!
書いている途中で記事がぶっ飛んだ!!(>。<)ギャース!

うう。

気を取り直して、もう一度書くか・・・。しくしく。

続きを読む

◆Westbury Court Garden(2)

さて、【Westbury Court Garden】の続き。

こちらはNational Trustのプロパティで、長いことかけてリストアしていました。
かねがね、写真は見ていて、いつか行きたいな~とは思っていました。
廃墟になった庭だよ、と聞いていたのですが、なかなかチャンスがなくて。

ロスト・ガーデンズLoversの私としては念願の訪問でした。・・・が。

     なんか、思ったのと違う。笑

偽らざる、感想です。はは。
ヘリガンの庭みたいな廃墟っぽいのを想像していたんですけどねー。
まったく別物でした。

150102-11.jpg

写真は1705-1710頃に制作された有名なオランダ人画家Johannes Kipの
手になるengraving(版画)です。
今現在残っているのは赤で囲われてる部分のみ。

元々、この地所と館を所有するColchester家でしたが、17世紀半ば
生まれのMaynard Colchester1世の時代に、当時流行していた整形式庭園、
その中でも「オランダ式水を用いた整形庭園」をWestbury-on-Severnと言う
名の通り、暴れ川Severnの支流、Brook川沿いに作庭しました。
1696-1705年のことと推定されています。

さて、問題です。
この1696年という時代。
イングランド国王はだーれだ?
(ヒント:フランス国王はルイ14世です)





答え) 1694年の暮れにメアリ2世が亡くなり、その夫君であり、
     共同統治者であるウィリアム3世が一人で統治

・・・っちゅうことはですよ?
イングランドの国王はオランダ人ということです。
(ウィリアム3世の母親はチャールズ2世の妹であるため、メアリ女王とは父系の従兄弟同士)

これで、この時期、オランダ式ウォーターガーデンがイングランドで
爆発的に流行ったのも頷けますよね?
当時、この辺りだけでも20を超える似たような庭が作られたそうです。
(その中で現在までも残っているのは、Westburyただ一つ)

庭の話に戻ると・・・。

庭を造ったのはMaynard Colchester1世。
この人は父方のColchester家から家と地所を相続し、母方のMaynard家
からは政治家と宗教家としての気質を受け継ぎました。
母方の祖父、Sir John Maynardはステュアート王朝およびコモンウェルス時代に
おける、有名な政治家でした。
その長女がこれまた国会議員であったSir Duncumbe Colchesterと結婚し、
間に生まれたのが彼でした。

祖父は反カトリックの猛者で、プロテスタントの中でも厳格な長老派の大御所。
4度も結婚し、子供たちの誰よりも長く生き残るという・・・憚りのありそうな人物。

その外孫であるMaynardは宗教的改革者で、社会問題の改革者でもありました。

私財をなげうったチャリティなど、立派な行いもしてるんですけど、
人間的に「うわー」と思うのは、彼の父の死に際しての行いです。。。

父Sir Duncombe Colchesterが放蕩の限りを尽くし、末期のベッドに
横たわっているときに、息子であるMaynardは彼を諭し、これまでの
罪の告白をせよと迫ります。

その死後、教会で「みなの悔い改めの見本となるように」亡父の懺悔を
公表する暴挙に出ます。やりすぎー。
こんな息子、イヤだ。

紆余曲折あって、Maynard自身も晩年は政治活動から身を引き、やっと
田園生活を楽しめるかと思いきや、ひどい痛風に悩まされたそうです。
たった50歳で亡くなるのですが、地所や財産は甥のMaynard Colchester2世に
引き継がれ、遺言で娘に遺贈した分は無視されたようです。かわいそ。

甥が遺産を受け取った時(1715年)、たったの12歳であったこと。
そこから、庭園の現代残る形への拡張は少なくとも1720年代後半以降かと
思われます。
(テューダーハウスをパラディオ様式に建て替えたり、サマーハウスの建設、
第2運河の増築など)

そして、2代目以降になると、すでにこのような整形式庭園は時代遅れとなり、
相続人たちは6マイル離れた別の地所、”The Wilderness”へ移り住んで
しまいます。
Westbury Courtはたまに夏の間の水遊びに使われるくらいでありながら、
なんとか生き延びます。

19世紀になって、パラディオ様式の家も壊されます。
(すごく、思い切りのいい一家ですね。。。)
代わりに庭師のために、パヴィリオンの裏手にヴィクトリア様式のコテージが
建てられます。(<これまた後に破壊)

思うに、この庭は【整形式庭園】の絶頂期を過ぎたあたりに造られ、その後の
18世紀に一大ムーヴメントとなった、【風景式庭園】にイングランド中が狂奔
する中、忘れられ、放置されつつ奇跡的に生き延びた奇跡の庭なのです。

古いものをイギリス人は大事にする。

我々日本人は、そう思い込んでおりますが・・・。
近代のイギリス人はハッキリ言って、相当な新しもの好きでした。
それは日本人も真っ青なくらい、潔いくらいの飛びつきぶりです。
(上流階級の家の中を見てごらんなさい。ありとあらゆる「新しいもの」
「流行りの逸品」で満たされていることでしょう)

また、そうでなければ産業革命もなかったことと思われます。

古い時代が地層のように残ってるのは、概して、「運」に過ぎません。
多くの家屋敷は、余裕があれば、その時代の最先端のスタイルに変更
されるのが運命(さだめ)というものです。
ガスレンジが発明されたというのに、誰が竈で我慢しますか?
自動車が生まれたのに、誰が馬車に拘泥しますか?
・・・そういうことでしょう。^^;

破壊して更地にして、流行りのものに建て替えられなかったのは、
この家の場合、他に家屋敷があったら・・・。ただそれだけ。
もし他に住む場所がなければ、とっくに新しい様式に変えられていた
ことと思われます。

猫も杓子も風景式庭園、ケイパビリティ・ブラウン!!
風景式も嫌いじゃないけれど、あまりに画一的で面白くない。
そもそも、風景式は「自然風」なので人工的な広大な地所を歩く羽目に
なっちゃう。馬にでも乗って回るなら楽しいのかも、ですけど。。。

ところで。
この異色の庭は、もう一度だけ光が当たります。

それはエドワード7世時代のこと。
いわゆる、エドワーディアン時代に整形式庭園の再ブレイクがありました。
最後の輝き。

その後、第一次世界大戦を持ちこたえられず、庭は売りに出されます。
開発業者がここを買い上げ、バラック住宅を建てようとして初めて、
地域が動き出し、最終的にはカウンシルが開発業者の手から救い出します。

その頃には廃墟もいいところになっていた、この庭。
パヴィリオンも崩落の危機、運河はドロドロ、刺繍庭園はめちゃくちゃ、
いたるところにウィローハーブが丈高く茂り・・・。

結局、カウンシルがナショナルトラストに寄贈することで、この庭はようやく
手入れをしてもらえることになりました。

1970年に始まったリストアはKipの版画を元に、忠実に建物や壁を復元
することに。今もまだ、リストアの途にあるそうです。

◆Westbury Court Garden

2014年の旅行記より。

さて、Painswickの後は一路宿のあるBorders方面へ向かいます。
その前に、NTの【Westbury Court Garden】に寄り道。

こちらはGloucester州の大地主であったMaynard Colchester(と、妻で
富豪の出であったJane Clarke)が1696-1705年に造った庭園を元に、
跡継ぎの甥、Maynard Colchester2世が1720年代に第2運河を追加して
完成した【オランダ式ウォーター・ガーデン】でございます。

150102-11.jpg

この絵は1705-1710年頃のものとされていて、二世による運河や
サマーハウス建設などの大幅増築は描かれていません。

街道であるA48のすぐ脇に面した地所は、現代では興ざめなくらい
車の騒音がひどい!!(>_<)
この庭にいる間、ひっきりなしにノイズが・・・。
気のせいか、空気も悪いゾ。(--;

とにかく、このA48をまっすぐ進めば州都Gouchesterへ辿り着きます。

真ん中のテューダー時代の屋敷は1740年代に破壊されていますが、
奥のパヴィリオンと教会は当時のまま、残っています。
そのパヴィリオンの前の大運河と噴水のある丸池の位置も当時のまま。

現在、T字運河になっている運河は当時は「第2運河」と呼ばれ、L字型でした。
ネプチューンの像も当時のもの。

A48から壁で敷地は囲まれているのですが、門以外にも街道から庭を
覗き見ることのできる場所があります。
これを、【Clairvoyée(クレールヴォワイエ)】と言います。
フランス語で、Clair+voir=「はっきり見える」の名詞形なので、
日本語で言うと「のぞき窓」が近いかしら・・・。ちょっとニュアンスちゃうけど。
英語だと、clairvoyance。千里眼・・・ってなんか、意味違うと思うけどなぁ。

庭用語は大陸から来たものが多いのは歴史の証明するところですね。

150102-5.jpg

たとえば、この大運河の左手は

150102-3.jpg

古い古い果樹が壁に沿って植え付けられていますが、

150102-4.jpg

この仕立て方はespalier(エスパリエ)仕立てと言います。
ここの庭では樹木単体をそれぞれ壁に枝先を誘引して、長い年月かけて
仕上げます。

150102-2.jpg

また、その対面、運河を縁どるのはイチイをBox仕立てにし、ヒイラギなどは
丸くカットして整形するTopiary(トピアリー)仕立てになっています。
これまた、フランス語のtopiaire(形容詞)の名詞化。

150102-27.jpg

これは刺繍庭園、つまり、フランス語ではParterre(パルテール)。
英語だとParterre(パーテア)になりますか。
面白いのは、これは英語だと間違いなく刺繍花壇のこと。
つまり、フランス式の整形庭園にある装飾的な花壇を差します。
フランス語の意味だと、もっとシンプルで、par+terre、つまり、
「土によるもの、土があるところ」くらいの意味で、「花壇」くらいの
意味です。そこには「刺繍」というニュアンスはない。
なのに、園芸用語(?)としては「刺繍花壇=パーテア」と全世界的に
認識されている。

イギリスはノルマン・コンクエストでノルマン系フランス人がどっと
やってきたこともあり、長いこと支配階級の言語はフランス語だった。
シェイクスピア時代くらいからようやく、英語の地位が向上(?)し、
それに伴って、中世英語が文法的にも単語的にも整備されていき。

ノルマン由来の単語はわりと多く残っているのに、発音は英語化していて
特に地名!!姓名などの固有名詞!!
ここがわかりにくい。
Beaulieuなどはフランス語読みであれば、ボーリュー。
しかし、ビューリーと現代イギリス人は発音するのだ。。。(--;
中途半端にフランス語をかじった身の上からするとすごい混乱する。

というわけで、いろいろな意味で混乱したまま、以下、続く。笑

2015年ですなー

141231-2.jpg

いまさら感、半端ないですが。。。笑
まだギリギリ、松の内(だよね?)だしっ!

夏芽ちゃんからもご挨拶申し上げます。
すごい格好で申し訳ない。。。

141231.jpg

大晦日は、しまい込んでいるポイズンボトルを拭いてみました。
全部は台の上に乗らなかったので、一部だけ。
東日本大震災以来、壊れて悲しいものは飾らないことにしています。
普段はエアーパッキングで包んで、引き出しに。
これがまぁ、面倒くさいことこの上なし。
しかも、自分がどのサイズの何を持っているのかがわかりにくい。
言い訳じゃないですよ?^^;

だから、コレクションが増えるのかもなぁー      ・・・なんて。

150101-2.jpg

12月の中旬、京都旅行の写真も発掘したのでupしておきまふ。
真ん中は北野天満宮さん。
甥の中学受験のため・・・。
しかし、寒かったのでご祈祷はお願いしなかった。笑
愛はそこそこ、あるんでございますよ。そこそこ、ですけど。

150101.jpg

百万遍の手作り市、初めて行けました!!
これはすごーーーく楽しかった。
寒くて死ぬかと思ったけれど、年寄りもあまり(?)文句言わず、
見て歩きにも付き合ってくれたし。

冷えた体を進々堂さんのモーニングで温めて、洛北へと旅立ったのでした。

次回は身軽に友達と京都に行きたいなぁ。

個人的には京都より、奈良の方が3倍好きですけど。

今年もよろしくです
プロフィール

willows66

Author:willows66
庭・旅行・美味しい料理・英文学・映画・ピアノ・猫・蛙フェチの女の日記。

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